第15話 召喚士、模擬戦を開始する

 アカデミーの共通区にある訓練場。

 開放感あふれる広い敷地に、僕とケヴィンで立っていた。


「すまんな。急に」

「あー……まぁ、うん。こっちも一応承諾した話だから。気にしなくていいよ」


 ホームルームの最後、ケヴィンからの願いにフランツ先生は『いいよぉ。どうせならこの後すぐでも』と軽く返した。


 僕は嫌がったんだけど『戦力評価のために後でやろうと思ってたし、やらないならこの後は学力テストだよぉ』とヘラヘラ返されて唖然とした。


『表向きは普通の学生なんだから、そりゃあ抜き打ちテストの一つや二つあるさぁ』と。


『やりましょうすぐやりましょう模擬戦楽しみだなぁ場所はどこですか早く行きましょう』

 と、次の瞬間には承諾してしまっていた。

 条件反射って怖い。


 勉強は嫌だし、テストも勘弁してほしいが、まだ我慢できる。

 抜き打ちテスト。

 学生にとって、これに勝る恐怖はなかなか無いんじゃないかな。


 というわけで特別クラスの面々で、訓練場に赴いた。

 僕ら以外のメンバーは、訓練場の場外、観戦エリアに集まっている。

 観戦エリアは防御用の魔道具で区切られており、多少の暴れ方ではビクともしないとのことだ。


 そして僕とケヴィンは、訓練場の中央にいた。

 空は快晴。風も程よく吹いており、とても模擬戦日よりだ。


「王国の盾」

「……?」


 僕が準備運動していると、藪から棒にケヴィンが語り掛けてきた。

 こちらに向ける目は、相変わらずギラついている。


「対帝国における防衛の要衝。それがバーンレイ辺境伯家。彼らがいなければ、建国はもちろんのこと、今日こんにちの王国の繁栄は無かったとされている。召喚士の国であるこの地に於いて、召喚術が使えない家系であるにも関わらず、だ」


 召喚士が生まれない呪い。

 建国記に記されるその呪いは、決して嘘ではない。


 先祖に召喚術が使えた者はいない。

 父上も、お爺様も、いくら召喚術を学んでも使えなかったという。


 だから、それ以外の全てに必死だった。


 学んだ召喚術の知識を、自分の為ではなく、国防に関わるあらゆるものに捧げた。

 その甲斐があってか、幾度にも渡る帝国からの侵攻を跳ね除け、これまでずっと建国当時の国境を維持し続けている。


「その事実に俺は、バーンレイ辺境伯家への尊敬の念を禁じ得ない」

「それは……ありがとう?」


 なんか褒められた。

 いや、僕が褒められたのではないのだけど。


「だからこそ、興味がある」


 ケヴィンの目のギラつきが増す。

 既にその手は鞘にかかっており、いつでも抜ける状態だった。


「英雄と謳われる召喚士の末裔。召喚術が使えないとされた家系の子孫。その実力が如何程か、とな」

「それは、君の個人的な興味?それとも、大将家の子息として実力を確かめねば……とか思ってる?」

「……どちらもある。だが、それ以外にも」


 ケヴィンが観戦エリアを見やる。

 僕もそれに倣う。


 先生たちは何かの準備している。

 おそらく、拡声の魔道具か何かを使おうとしているんだろう。


 クリスタは両手を組んで、こちらを心配そうに見ている。

 ただの模擬戦だ。あんなに心配しなくてもいいのに。

 大怪我はしないはずだから……たぶん。


 そんな中で異質だったのが、他の二人。

 イスラとオリビアの目は、ケヴィンのそれと同じだった。


 品定め、なんて生ぬるいものではない。

 隙あらば喰らってやる。

 そんな気迫すら感じた。


「お前のような存在、召喚士であれば気にならないはずがあるまい?」

「仲間を代表して確かめてやろうってこと?みんなして怖いなぁ」

「なら、もっと怖がったらどうだ。さっきから顔がニヤついているぞ?」

「ごめん、それは無理」


 自前のダガーの位置を確かめる。

 この間とは違って、対人戦闘も考えなきゃいけないから。


「楽しそうなことは全力で楽しむ主義でね」

「くくっ。お前も大概ではないか」


 寡黙そうだと思っていたけど、案外違うかもしれないな。


 ケヴィンの印象を改めていると、場内に雑音が響いた。

 拡声器の魔道具を起動させた音だ。


「あー、あー。アレク、ケヴィン、聞こえるぅ?」


 フランツ先生の声が聞こえてきた。

 二人で手を上げる。


「大丈夫そうだねぇ。では模擬戦のルールを説明するよぉ。といっても、守ってほしいのは二つだけ。致命傷を与えることは避けることと、私の合図で止めること。あとは基本的になんでもありだよぉ。まぁ、いつも通りだねぇ」


 対人の模擬戦であれば、通常は木剣や、刃を潰した剣を使う。


 でも、僕らは召喚士。

 召喚獣を呼び出して戦う以上、そんなものを使ったことで確保できる安全性なんて、たかが知れている。


 だから、使うのは真剣だ。


「二人でバチバチするのもいいけど、死なないように気を付けてねぇ」


 裏でクリスタが「死んじゃうこともあるんですか!?」と言っているのが拡声器越しに聞こえる。

 まぁ、慣れてもらうしかない。


「準備はいいかい?では──」


 僕もケヴィンも、戦闘態勢に入る。


「始め!」



 ケヴィンが召喚陣を展開する。


「来い!ゴーレム!」


 眩い光と共に現れたのは、大きな魔導人形ゴーレム

 だが、通常のゴーレムと明らかに違う。


 一般的にゴーレムとは、岩石により構築された魔法生物を指す。

 亜種として、氷で構築されたアイスゴーレムや、金属の塊で構築されたメタルゴーレムなども存在する。


 彼のゴーレムは、そのどれにも属さない。


 魔道具のようなものを内部で幾多にも連結し、それを金属らしき装甲で覆っている。

 目にあたる箇所には緑色に光る宝石のようなものがはめ込まれ、それがこちらに向いていた。


 古代エンシャントゴーレム。

 古代文明の遺物とも言われている、希少なゴーレムだ。


 拡声器は今は使ってないはずだけど、クリスタが「エンシャントゴーレム!!」と叫んでいる声が聞こえた。

 彼女のような魔獣マニアはもちろん、古代文明の研究者だって喉から手が出るほど観察したいはず。


 すごいな。

 これを召喚獣として使役しているのか。


 確かにこのゴーレムであれば、並みの召喚獣では太刀打ちできないだろう。

 なんといっても、戦闘用に作られたとされるゴーレムなのだから。


「ほう、寝ていたところを起こされたかと思えば、これはまた珍しいものが出てきたものだな」

「うん、実物を見たのは初めてだよ」

「我も昔、数体見た程度だな。まだ現存している個体がいるとは」


 頭上のバーンがポヨポヨと揺れている。

 寝ているかな?と思いながらも召喚したけど、機嫌は悪くない。


 それを見たケヴィンが固まっている。


「……お前、いつの間に召喚を……?」

「君が召喚している間にね。召喚術には自信があるんだ。ところで、そんな所に立ち止まってていいの?」


「……!」


 ゴーレムがケヴィンの背後に回る。

 瞬間、金属がぶつかり合う音が響いた。


「そう簡単にはいきませんか」


 ストイルの剣が、ゴーレムの腕の装甲で止められていた。

 でも、それは想定内。


「しぃっ!」

「くっ!」


 駆けながら抜いたダガーをケヴィンに繰り出すが、同様に剣を抜かれて止められた。

 バックステップで距離を取り、ダガーを構え直す。


「対人、対召喚獣、模擬戦闘!ストイルはそっちをお願い!」

「承知!」


 そのままストイルはゴーレムと打ち合いを始める。

 相手がエンシャントゴーレムといえど、ストイルが遅れを取るとは思えない。


 問題は僕らの方だけど……さて、どこまでやれるかなっと。



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