第46話 オレは子どもだよな

 狼狽えるオレを、鷹峰さんはソファーに座ろうと促した。


「アルコールは飲める?」

「少しは飲めるけど、普段はビールか酎ハイだから……オシャレなものはよくわからないかも。鷹峰さんは気にせず飲んでね、ワインとか」


 高級ホテルに酎ハイは似合わないよな。


「では、シャンパンならどう? 口当たりのいい飲みやすいものを用意してもらおう」


 鷹峰さんは内線を使い、用件を伝えた。

 その後しばらくして、チャイムが鳴る。料理が運ばれてきたようだ。


 対応はすべて鷹峰さん任せ。オレはソファーに座って、遠目で様子を見ているだけだ。


 お~、さすが一流ホテルのスタッフさんだな。


 手際のよさに、感嘆する。それにほとんど音を立てないなんて、プロフェッショナルだ。意外と食器のカチャカチャという音は、耳につくものなのに。


 オレも一応、バイトだけど給仕の経験があるだけに、彼らの優秀さがわかった。


「理央君、こっちへおいで」


 備え付けのダイニングにセッティングが完了し、声がかけられる。

 数名のスタッフさんたちは、速やかに退出していき、二人きりになった。


「コース料理だと、スタッフの出入りで落ち着かないだろうと思ってね」


 テーブルに並べられているのは、トマトとバジルのブルスケッタ、サーモンのカルパッチョ、などのパーティーメニューだ。手で簡単に摘まめる、チーズの乗ったクラッカーなどもあった。


 そんな中でオレの目を釘付けにしたのは、厚さが二センチはありそうなステーキだ!


 どれもオレにとって、食べやすい料理ばかりだな。


「テーブルマナーに自信のないオレに、合わせてくれたんだよね。なんだか……ごめんなさい」


 洋食店でバイトしているとはいえ、ナイフ、フォークを上手に使えるとは限らない。はっきり言って、オレは自信ない。


「謝る必要はないよ。窮屈で、楽しく食べられないのでは意味がない。さあ、乾杯しよう」


 鷹峰さんは慣れた手つきで、シャンパンを注いでくれた。ややオレンジ色を帯びた淡い黄金色。きめ細かな泡がきらきらして見えた。


「では、二人の初めての夜に」


 とか言わないでよ! 緊張してくるじゃないか‼ でもでも、顔には出さないぞ。余裕のある態度でいないと。


 オレは大人ぶって、優雅にグラスを掲げ乾杯と口にする。


「お、美味しい。すっきりしていて飲みやすいね」

「そうだな、ふくよかでフルーティーな味わいだ。コクと酸味が心地いい」


 う、コメントが大人だ。オレなんて、シンプルに美味しいかそうでないかなのに。


「さあ、食べよう。好きなものからどうぞ」


 鷹峰さんはオレを気遣ってか、クラッカーを摘まみ、ひょいと口に入れる。

 

 じゃあ遠慮なく! せっかく鷹峰さんが、オレのために考えて用意してくれたんだから、堪能させてもらおうっと。


「ん~、このステーキ、やわらかくて美味しい!」


 オレは迷うことなく、肉を頬張る。そんなオレを、鷹峰さんは微笑ましげに眺めていた。


「そんなに見られると、恥ずかしいよ」

「あぁ、すまない。私もいただくとしよう」


 彼もステーキを切り分け、口に運ぶ。


 うわ~、上品だな。


 手元の所作が流れるようで、見惚れてしまう。

 食事中、そんな瞬間がままあった。


 鷹峰さんみたいな人を、紳士っていうんだろうな。それに引き換え、オレは子どもだよな。


 ふと思う。頑張ろうと決めたけど、本当に自分は鷹峰さんに相応しいのかと。

 社会的経験も浅く、教養の乏しい自分。


「そういえば、支配人さんに言ってよかったの? 恋人だなんて」

「なんの問題もない。君なら自信を持って紹介できる。もしかして、理央君は嫌だった?」


 オレが周囲の目を気にしていることを知っている彼は、申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「嫌なんてそんなこと──嬉しかったよ。でも……オレは鷹峰さんに相応しいのかなって考えてしまって」


 彼はこんなすごいホテルを持つ会社の御曹司だ。改めて現実を目の当たりにすると、オレとは何もかもが雲泥の差で……やっぱり住む世界が違うんじゃないかって思ってしまう。


「どうして? 相応しいとは、誰かが決めることなのか? 私にとって理央君は、かけがえのない人だ。代わりはどこにもいないよ。それではダメ?」


 鷹峰さんは真っすぐにオレを見つめている。


「でもオレ、子どもだし、鷹峰さんに迷惑ばかりかけるかも」

「そんなことはない。私は君に、たくさんのことを教えられたし、与えてもらっているよ。恋する楽しさや、相手を愛おしいと思う気持ちだ」


 鷹峰さんは、これからもお互いを高め合っていける関係を築いていこうと言ってくれた。


 そんなふうに言ってもらえるのは嬉しいけど、自信ないな。鷹峰さんほどの人を相手に、高め合うってどうしたらいいんだろう。


 オレはその不安を、洗いざらい話した。


「理央君にも、なりたい自分や、叶えたい夢があるだろう? 諦めずにそれに向かって、まずは進んでいけばいい。人は願ったもの以上には、なれないものだ。だから常に、志しは高く持つことが大事だ」


 その姿を、鷹峰さんは見守っていきたいと言ってくれる。


 そうか……今のオレが鷹峰さんに何か与えるだなんて、おこがましいよな。それよりも──


「オレ、鷹峰さんからたくさんのことを学んで、立派な大人として社会に貢献できるように頑張るよ!」


 成長したい、鷹峰さんの隣に立つに恥ずかしくない自分に。


 ずっと一緒にいたいから──

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