第45話 ヤ、ヤバイ、心臓が──
これから向かうホテルは、鷹峰さんが新入社員のころ、現場を知るためにホテルマンとして一年間勤めたところだそうだ。
こんなイケメンに出迎えられたら、テンション上がるよな。どんな制服だったのかな。黒とグレーのツートンカラーで、詰め襟なんてどうだろう。それともベージュで明るめのジャケット? ヨーロッパっぽく、エンジ色で金のボタンとかも似合いそう!
「何かいいことでもあったのか?」
「えっ、どうして?」
「さっきから、にこにこしているよ」
それは……ニタニタの間違いでは──
つい映画なんかに出てくるホテルマンの制服を、鷹峰さんにあれやこれや着せ替えてるうちに、頬が緩んでいたらしい。
「嬉しいからに決まってるよ。鷹峰さんは違うの?」
オレは誤魔化すように顔を引き締め、問い返す。
「そんなことはない、今日が待ち遠しかった」
大きな手が、そっとオレの手に重ねられる。
う、うわーーー! ヤ、ヤバイ、心臓が──
なんなんだよ、鷹峰さん。オレをこんなにドキドキさせて!
動揺に気づかれたくなくて、オレは視線を窓の外に向ける。太陽は沈みかけていて、辺りは薄暗くなりつつあった。
もー、笑ったな!
ふっと息が漏れたのを、オレは耳元で感じた。赤く染まる顔までは、隠せていなかったようだ。
「着いたよ、降りよう。──ついておいで」
彼の言うがまま、導かれエレベーターで上層階へ向かう。
うわ~、高級感漂う空間って、こういうのを言うんだな。
エレベーターを降りたオレは、目の前に広がる洗練された空間に息を呑む。一階のロビーとは、随分と雰囲気が違っていた。
明るく爽やかな印象とは対照的で、磨き上げられた大理石の床は、温かみのあるオレンジ色の照明を反射していて幻想的だった。
窓際には、ダークブラウンで統一されたテーブルと、ボルドーの一人がけソファーが置かれている。
もしかしなくても、スイートルームがある階だよね、ここ──
一泊うん十万……では?
「いらっしゃいませ」
専任スタッフに迎えられ、慣れないオレは萎縮してしまう。ウエルカムドリンクも断ってしまった。
鷹峰さんがスタッフの人と話している間、オレは少し離れた所で待つ。僅か五分でも心細い。
「待たせたね。この人は、支配人の沢木さんだ。私の無理な頼みを了承し叶えてくれた人だよ。そして、こちらは私の大切な恋人の理央君」
側に戻って来てくれてほっとするのも束の間、白髪混じりの紳士を紹介される。
恋人だなんて紹介して、大丈夫なの⁉ 反応に困るんじゃあ……
しかし、さすがはプロというべきか。沢木さんは顔色ひとつ変えずに接してくれた。オレはというと、顔を引きつらせながら「はじめまして……」と頭を下げるだけで精一杯だった。
「案内は不要だ」
そう告げ歩き出す彼の後を、オレはひな鳥のように追う。
辿り着いた部屋の前で、鷹峰さんはドアを背にしてオレと向かい合う。
「本当にいいのか? 私と夜を共にしても。そして、ここで朝を迎えても」
今ならまだ逃げられる。だが、このドアをくぐったなら、もう逃がさない。手放すことはあり得ない。そうオレの覚悟を問うてくる。
「鷹峰さんこそいいの? オレ、あなたから離れてあげないよ」
そう答えると、彼はふっと口元を綻ばせドアを開けた。
「うわー、贅沢な部屋だね」
高い天井に重厚感あふれるインテリア。リビングルームの大きな窓から一望する東京の街は圧巻だ。そしてバスルームは大理石。ベッドルームは……秘密らしい。
一通り見て回ったオレは、再び窓に張り付く。
緊張が極限まできていた。もう心臓が爆発しそうなくらい、高速で脈打っている。
何かしてないと、落ち着かないよ……
そこに追い打ちをかけるように、鷹峰さんが歩み寄って来た。ふわりと後ろから抱き込まれ、反射的に肩が跳ね上がる。
「そんなに警戒しないでくれ。いきなり襲ったりしない。お腹空いただろう? まずは食事にしよう」
何を猛烈に意識してるんだよ、オレのバカ。鷹峰さんが手順も踏まずに、事に及ぶはずがないじゃないか。
オレがやる気満々だと鷹峰さんに思われたら──そう考えただけでいたたまれず、心の中で『違うんだーーー』と絶叫した。
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