第44話 どれだけ期待してるんだよ

 約束を交わした日から、鷹峰さんとは会っていない。

 クリスマスイブに時間を確保するために、仕事を前倒しして頑張ってくれているからだ。

 なのに忙しい合間を縫って、オレに毎日電話をくれるなんて、鷹峰さんは真面目なうえに豆な人のようだ。


 昨日の電話では、イブ当日についていろいろ話した。都内のホテルで食事をして、そのまま宿泊しようと。


 鷹峰さんと、お泊まり──


 考えただけで、身悶えてしまいそうだ。


「だけどよくこの時季に、ホテルが取れたよな」


 鷹峰さんは、『必殺技を使った。職権乱用だな』って言ってたけど──


 今まで築き上げてきたことを曲げてまで、オレのために動いてくれている。そんな彼の気持ちに、自分も応えたい。


 手元を見下ろし、オレは中断していたペンを走らせる。


「写真が一枚でもあればよかったんだけど」

 絵面が地味なことが残念だ。


 でも、これから華やかにしていけばいいんだよね。


「よし、できた。喜んでくれるといいな、鷹峰さん」

 クリスマスプレゼントは準備できた。あとは当日を待つだけだ。


 それにしても、バイト休みもらえてよかった~

 

 実のところ、十二月のシフトは、もう決まっていた。当初予定のなかったオレは、二十四、二十五日とバイトだったわけで。


 ダメもとでマスターにお願いしたら、いいよって言ってくれた。去年もその前も、クリスマスにバイト出てくれたからと。


 やっと恋人ができたのか、よかったね理央君。そんな親心にも似た視線を向けられた気もしないではないけど。


 もしかして、同情されてた……?


 いや、違う。きっとこれも、常日ごろ真面目にバイトを頑張っている賜物たまものだ! よし、自分に賞賛を送ろう。よくやった、オレ!


 なんて、自分で遊んでる場合じゃない。


「いよいよ明日か。どうしよう、緊張してきた」 

 

 オレ……今晩、寝付けるのかな──


 ★★★


 そして翌朝。


「うっ、朝日が眩しい」

 カーテンを開けたオレは、目を眇める。


 窓を開けると、冷たい空気がすっと部屋に流れ込んで来た。

 年末ともなると、朝の冷え込みが身にしみる。吐く息の白さに身震いしながら、寒さに耐えられなくなったオレは、早々に窓を閉めた。


「あ〜、寒かった。でも、目が覚めたかも」

 

 実はちょっとだけ寝不足だ。なぜなら昨夜、ベッドに入ってから寝付くまでの間、悶絶寸前だったからで。


 だってさ、考えずにはいられないよ。鷹峰さんとのあれやこれや──


 一度始まった情事の妄想は暴走し、次から次へと場面が浮かんできた。彼の厚いであろう胸板に抱き込まれ、貫かれる自分。興奮してしまい、しまいには自分の股間を慰める始末だ。


「どれだけ期待してるんだよ、オレは」


 お互い初めて同士。テクニック云々うんぬんは求めてはいけない。彼のことだ、初夜はマニュアル通りだろう。


 ここはオレが、盛り上げないと!


 しかし、配慮を間違えてはダメだ。あくまでも、オレをリードしようと頑張る彼のプライドは守らなければ。


 鼻息荒く、闘志を燃やすオレの思惑が叶うかどうかは、数時間後のお楽しみ──


 ★★★ 


 電車に揺られること、四十分と少し。

 待ち合わせ場所の東京駅に着いたものの、約束の時間まであと三十分以上もあった。


 まだ四時前か──


 今日は平日で、鷹峰さんは仕事だ。なのに時間休じかんきゅうを取るからと言ってくれて、午後四時半の待ち合わせになっている。


 にもかかわらず、オレは午後三時前にはアパートを出てしまった。


 部屋でじっとしていられなかったんだよね。まあ、結局待つことに変わりはないんだけど。


「どこかで時間潰さないとな」


 確か駅構内に書店があったはずだ。そこなら三十分なんてあっという間だろう。


 歩を進めるうち、前方に書店が見えてくる。


 あれって、もしかして──


 店内に入ると、ビジネス関連の本が並んでいる棚の前に、見知った横顔を発見した。


 うわ~、やっぱり格好いいな。


 今日の彼の出で立ちは、細身の黒いチノパンにグレーのロングコート。長身ならではのコーディネートといった感じだ。

 オレもファッション雑誌を見て、目一杯おしゃれしてきたつもりだったけど、リュックを背負ってる時点で失敗のような気がしてきた。


 だって、洗練された鷹峰さんと並んで歩くにはちょっとね……


 オレの子どもっぽさが際だって、悲しいことになりそうだ。


 あ~あ、同じ男なのに悔しいな。

 せめてあの完璧な佇まいを、乱してみたい!


 あ、それなら……ふ、ふ、ふ、いいこと思いついた。


 またもや、悪戯心が顔を出す。


 オレは気づかれないよう、そっと後ろから鷹峰さんに近づく。


 あと、もう少し。驚く顔が楽しみ!


 オレは静かに手を伸ばす。

 そして背中までの到達距離、十五センチを切る。

 

 とそのとき──


「うわっ!」

「おっと」


 二人同時に声を上げる。突然、鷹峰さんが振り返ったからだ。


「──デジャヴェク……だな」


 右手で口元を押さえ、声を殺して鷹峰さんが笑い出す。オレは訳がわからず、ぽかんと口を開け呆然と彼を見つめる。


「驚かせてすまない。早く着きすぎてしまってね。時間を潰そうと書店にいたら、理央君が歩いて来るのが見えたんだ。初めて君に会ったときのことを思い出して真似てみた」


 あのときは、女性にしか見えなかったと言って、またくすくすと笑う。


「もー、オレが驚かせたかったのに、残念。でも……ふふっ、鷹峰さんでもこんなことするんだね」


 そっちに驚いたと笑うと、自分でもそう思うよと彼も笑う。


「じゃあ、行こうか」

 書店を出てタクシー乗り場に向かう間、オレは気になったことを尋ねる。


「さっきのデジャヴェクって、デジャヴとは違うの?」

「デジャヴは一般的に、既視感として使われる。一度も見たことがないのに、見たことがあるように感じる、などだが、デジャヴェクは同じことが前にもあったという既体験感きたいけんかんだな。まあ最近の若者の間では、デジャヴも既体験感として使われているようだが」

「へぇー、なるほど」


 一つ勉強になったと頷くと、学ぶことは良いことだと頭を撫でられた。

 子ども扱いだと不満を漏らすと、可愛くてつい……なんて返してくる。いつの間に、相手の気持ちをふわふわさせる恋愛スキルを身につけたのか。


 そのうち、オレのほうが太刀打ちできなくなりそうだよ。


「さあ、乗って」


 タクシー乗り場に着くと、待機していたタクシーのドアが開く。

 鷹峰さんに促され、オレは先に乗り込んだ。


 いよいよだ。夢にまで見た、恋人との熱い夜!

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