第43話 待ち遠しいな──

 翌日を迎えても、私の頭の中は昨夜の理央君とのやり取りでいっぱいだった。今日が仕事でなかったことは、幸いだ。でなければ、ミスを連発していたかもしれない。


『クリスマスイブの夜に』


 あの言葉を思い出すだけで、胸が高鳴り身体が熱くなってしまう。


 まさか、受け入れてもらえるとは。

 

 胸の内に潜む淫猥いんわいさを告白しても、軽蔑するどころか、一緒にゆっくり進もうとまで言ってくれた。


 あぁ……今ごろ理央君は、何をしているのだろう。


 本来ならあの夜、理央君を一人にさせたくなかった。しかし今の自分が側にいることのほうが危険かもしれない。そう判断し、部屋から出たのだ。


 自分さえ知らなかった、自身に内在する感情。


 あのとき──


 理央君を連れ去ろうとする新城を見た瞬間、自分の中に渦巻いた感情。今まで経験のない感情だった。あの男が理央君に指一本でも触れたと思うと、身体中の血が沸騰したかのように怒りの感情が荒ぶった。


 許せない、彼は私のものだ。自分以外が彼に触れるなど、堪えられないと。

 自分の中に、あれほどの独占欲という激情があったとは。


「理央君との出逢いが、私の内面世界を一変させてしまった──」


 しかし、今の自分を嫌いではない。むしろ好ましく思っている。


「彼に喜んでもらえるよう、万全の体勢で挑まなければ」


 落胆させてはならない。借りた本を熟読することはもちろん、ホテルの部屋も押さえなければ。とはいえ、クリスマス前となると、もう予約でいっぱいだろう。


 しかしそれは、他のホテルでは──だ。       

 今こそ、自分の権力を最大限に利用するときだ。


 私はスマートフォンを手に取り、一本の電話をかける。


「もしもし、常務の鷹峰だ。支配人の沢木さんはいるだろうか」


 沢木さんは私がホテル部門を任された際、お世話になった年配の支配人だ。


『お電話代わりました。お久しぶりですね、鷹峰常務。今日はどういった御用件ですか?』


 温和な声が電話越しに聞こえてくる。


「十二月二十四日、予約を取りたい。私にとって、人生を左右する日になるだろう。無理を承知で頼みたい。どうにか部屋を用意してほしい」


『──常務がここまでおっしゃるとは……よほどのことでしょう。承知いたしました。ご用意いたします。詳細は後日ご連絡いたします』


「ありがとう、沢木さん。宜しくお願いします」


 これまでこの手の頼み事はしたことがなかった。そんな私が頼むのならばと、理由も聞かず引き受けてくれたのだろう。


 その恩に報いらなければ。


 理央君と過ごす素晴らしい一夜となるよう、自分を磨くべく借りた本に没頭した。


 ★★★


 そして翌日。

「スイートルームをご用意いたしました」と、早々に沢木さんから連絡が来た。早い対応に感謝を伝え、当日の準備について打ち合わせをした。


 食事にクリスマスケーキ──


 前日から準備できるよう、部屋をキープしてあるという粋な計らいに、ベッドルームに何か演出を考える。情事に必要なローションも準備しなければ。


 恋人と楽しい一時を過ごすために頭を悩ませ、あれこれ想いを巡らせる。


 こんなにも楽しく、幸せなことだったんだな。


 時間の無駄。そう考えていた昔の自分は、相当な合理主義者だったようだ。自分に恋愛など必要ないと、ずっとそう思っていたのだから。

 しかし今は、恋愛……人を愛することを知ってよかったと心から思う。


 相手が理央君だったからこそ、私は変わることができた。


「たった一冊の本が人生を左右する──か。本当だったな」

 父の言葉を反芻する。


 まさか父が恋のキューピットになろうとは、皮肉なものだ。


 待ち遠しいな──


 これまでの人生で、クリスマスイブを意識したことなどなかったというのに。

 

 だがその前に、理央君へのプレゼントだ。なんとしても交渉を成立させなければ。

 

 あれなら、きっと喜んでもらえるはずだ。


 理央君と過ごすクリスマスイブまで、あと八日──

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