第41話 すぐ帰ったりしないよね

 レストランの近くまで来たが、依然として理央君の姿は見当たらない。


「いったいどこにいるんだ──理央君」


 違う道を通ったのだろうか。ここまで辺りを見回しながら来たつもりだが、入れ違いになったのかもしれない。


「うん? あれは……」


 肩で息をしながら引き返すべきか思案する私の目に、あるものが飛び込んで来る。公園の入り口に、不自然に止められた自転車。


 あの自転車は、もしかして──


 私はすぐさま駆け寄った。


「理央君の自転車だ、間違いない」

 鍵に付けられている赤い靴のキーホルダー。


 私は乱れる気持ちを落ち着かせ、慎重に公園内に入り視線を巡らせる。


「何か、落ちている……?」

 側まで行くと、リュックだった。これには見覚えがある。


 注意深く辺りを観察すると、地面に何か引きずったような跡があった。


「あっちか!」


 その跡が続く方へ、私は走り出す。

 公園入り口の反対側にある道路に出ると、理央君を車に押し込めている新城の姿を見つけた。抵抗する理央君を押さえつけているのか、新城は身体半分を車に突っ込んでいる。


 その光景に、私は頭に血がのぼり、「貴様、その手を離せ!」と声を荒らげ駆け寄った。そして新城の後襟うしろえりを掴み、理央君から引き剥がす。


「ぐぉ──っ、なっ……なんでお前がいるんだ」

 よろめきながら、新城はいるはずのない私に狼狽える。


「彼に何をしようとした!」

「何をだって……理央君は僕のものだったんだ! なのに、お前が現れたせいで──」


 悔しげに、彼を惑わせた私が悪いのだと、新城はわめき散らす。


「あとから来た奴に、取られてたまるか!」 

 自棄になった新城が、殴りかかってくる。


「た、鷹峰さん!」

 車から這い出てきた理央君が、悲痛な声をあげる。大丈夫だと返事をしてあげたいが、今は新城を引かせるほうが先だ。


「君がやっていることは、犯罪だ。今なら、警察に通報することはしないでやってもいい。だが、もしまだ抵抗するというなら法的処置を取って、君を追い詰める。私には、それが可能だが、いいんだな?」


 身を躱しながら、理性で穏便な策を提示してみる。


「くっ──!」

 動きを止め、私から距離を取った新城は、動揺からか視線を彷徨わせる。


「早く立ち去れ。今後、理央君に関わるな。さもなくば──言われなくても、頭のいい君ならわかるだろう?」


 不適な笑みを浮かべ『悪辣な手段も厭わない』と言外にほのめかす。そんな私に、新城は気圧されたたらを踏む。


「畜生。御曹司ってだけで、選ばれただけだろ」


 そう捨て台詞を吐いて、新城は素早く車に乗り込み走り去って行った。


「理央君、怪我はないか? 間に合ってよかった」

 呆然と立ち尽くす理央君を、そっと抱きしめる。


「怖かった……怖かったよー」

 恐怖から解放されたからか、理央君の目から涙がこぼれ落ちる。


「遅くなってすまなかった。もう大丈夫だ、安心して」

 私がそう言うと、理央君は殊の外早く落ち着きを取り戻した。


「あの、もう大丈夫です。心配かけてごめんなさい」

 私の胸から顔を上げ、決まり悪げに苦笑を浮かべる。


 泣いてしまったことが恥ずかしいのだろう。ならば、触れないでおこう。


「そうか、では帰ろう。歩けるか? 無理そうなら、背負ってあげるよ」

「ふふっ、子どもじゃないんだから、歩けますよ。それに自転車もあるしね」


 気丈に振る舞う彼を尊重し、そこからゆっくり歩いて帰る。


「あの、今日は、すぐ帰ったりしないよね?」

「帰らないよ。今日は君に、話さなければならないことがあるんだ」


 不安げに問う彼にそう告げると、ますます顔が曇ってしまう。


 私は罪責感に苛まれる。

 自分の弱さのせいで、こんなにも彼を不安にさせていたのだと。

 

 ★★★


 小さな丸テーブルを挟み、オレは鷹峰さんと向かい合って座っていた。


『話さなければならないことがあるんだ』

 彼の言葉が、胸に深く突き刺さったまま抜けない。


 いよいよ別れを切り出されるのかな。


 そう考えるだけで、目に涙が浮かぶ。それをオレは、気づかれないように瞬きを繰り返しやり過ごす。

 

 沈黙が苦しいよ……


 よほど切り出しにくいことなのか、鷹峰さんは口を開きかけてはまた閉じることを繰り返している。   

 オレはそれを、俯き加減でただ彼が話し出すのを待つことしかできずにいた。


「……実は──今まで、言い出せずにいたことがあるんだ」


 来た──!


 思わず肩がぴくりと反応する。


「君を送り届けてすぐに帰っていたことには、理由があるんだ」


 語り始めた鷹峰さんは、真摯にオレに向き合おうとしていた。


 オレも俯いてちゃダメだよね。


 顔を上げて、ちゃんと聞くんだと自分を叱咤する。 

 ただの卑屈な弱虫にはなりたくない。


 オレは覚悟を決めて、真っすぐに彼を見つめた。

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