第36話 超過保護に認定しておくね

 嫌だ、怖い──


 オレは身体を硬直させ、鷹峰さんの胸に顔を埋める。


「出なくていいのか?」

 鷹峰さんに困惑顔で問われ、オレは机の上で鳴り続けるスマホに視線を向ける。


 いつまで鳴らすんだよ。もうやめてくれ!


 十コール……十五コール……オレはしつこく鳴るスマホに根負けし、怖々と手を伸ばす。


「──っ」


 非通知画面を確認したオレは、手が震え床にスマホを落としてしまう。


 最近、同じ時間にかかってくる、非通知からの電話。きっとストーカーに違いない。


 なんでオレの番号を知ってるんだよ。もう……勘弁してくれよ。


「どうかしたのか?」


 心配げに尋ねる彼の前で、オレは両手で耳を塞ぎ、首を左右に振る。

 一向に鳴り止まないことに異常を感じたのか、鷹峰さんがスマホの電源を落としてくれた。


「もう大丈夫だ。こんなに怯えて。話してくれないか、何があったのか」

 肩を抱かれ座るよう促される。


 隣に座る彼の体温を感じ、次第に冷静さを取り戻したオレは、掻い摘まんでストーカーの存在を話した。手紙を見たいと言われ、机の引き出しから取り出し渡す。

 もしものとき、証拠になるかと捨てずに取っておいたものだ。


「許せない! 君をこんなに追い詰めるとは。痩せてしまった原因はこれだな」


 目を通すうち、鷹峰さんが憤慨する。特に、しわしわの一枚を見たときは、目が据わっていた。もしかしたら、の文字に引っかかったのかもしれないけど。


 あの一枚は、オレが一度握りつぶしたやつだ。あとで拾って皺を伸ばしたときは、なんとも虚しかった。


「君が大変なときに私は──。自分の不甲斐なさに腹が立つ」


 オレのやつれた頬に触れた鷹峰さんは、悔いるように唇を噛む。


「うんん。もとはといえば、オレの行動が招いたことだから。もっと早くに打ち明けていれば、鷹峰さんのことだって悩ませずにすんだのに……」

 

 後悔しかない。

 そう自分を責めるオレに、鷹峰さんは気にしないでと言ってくれた。


「それより、ストーカーに心当たりはないのか?」

「もしかしたらって、最近気になってる人がいるにはいるけど……確信が持てなくて」


 レストランでの、オレへの接し方の変化。それにあの人なら、オレの連絡先を知っている。以前書いた、アンケート。今となっては、本当に会社の企画だったのかすら疑わしい。


 でも、証拠はないんだよな。


「どんな人?」

「レストランの常連客です。鷹峰さんも、会ったことあるんじゃないかな」


 はっとする彼は、思い当たる人物がいるようだった。


「ひょっとして、あの馴れ馴れしい新城という男か? 肩に手を回していた」


 的確に言い当てるなんて、さすが鷹峰さん。

 恋愛以外の洞察力は抜群のようだ。


「そうです。あの人、鷹峰グループの支社に勤めてるって言ってました」

「わかった。調べてみよう。だが心配だな。夜道で襲われでもしたら」


 暗くなってからの外出は控えるよう言われる。


「でも、クリスマスが過ぎるまでは、バイト休めないんです」

「そうか。バイトは仕方ないとしても、なるべく夜は出歩かないように。いいね?」

「はい。どのみち怖くて出歩けないです」


 オレは素直に頷く。


「私がもっと近くに住んでいればよかったんだが。極力会いに来るよ」

「ありがとうございます。でも無理はしないでくださいね。鷹峰さんの顔を見たら元気が出たので、もう大丈夫です」


 気がつくと、もう午後十一時を過ぎていた。そろそろ彼を帰さなければ。

 ことさら明るい声と笑顔を作り、オレは帰宅を促す。


「いいかい、誰か来ても絶対に鍵を開けてはいけないよ。何かあったら、すぐに私に電話すること。いいね、わかった?」


 腰を上げたものの、鷹峰さんは玄関でしつこいくらい念押ししてくる。


 なんだか……小学生に言って聞かせてるみたいなんだけど。


 鷹峰さんって、前から思ってはいたけど……心配性で過保護に認定しておくね。


 だってさ、新しいスマホの番号を教えてくれたのはいいんだけど、無事なことを豆に知らせることを義務付けられたんだ。まあ、それだけオレのことを想ってくれてるんだから、嬉しい限りだけど。


 お陰で本当に心強いよ。ありがとう、鷹峰さん。


「出先から戻ったら、必ず連絡します」

 鷹峰さんを安心させたくて、オレは約束を交わす。


 それでも心配顔の鷹峰さんが玄関を出たのは、日付の変わるころだった。


 ★★★


 車のシートに座り、私はハンドルに頭を預ける。


 あのとき、スマートフォンが鳴り出さなかったら……

 私は理央君に何をしようとしていたのか。


「私の中に、あんな欲望があったとは」


 想いを通わせたばかりだというのに、キスをしたらその先を想像してしまった。彼の肌に触れたい。押し倒してしまいたい。そんな衝動に駆られた。今まで、こんな性的なことを考えたことなどなかったというのに。


 即物的すぎる──


 もっとお互いを知って、愛を深めてからでないと、不誠実極まりない。理性のコントロールをしなければ、理央君を傷つけてしまう。


 しっかりしろ! 今は、彼を身の危険から守ることが最優先だ。


 動揺している場合ではない。私は自身を強く叱咤する。


『明日、君に会いに行くよ。やっと二人は結ばれるんだよ』

 あの一文が目に焼き付いていた。


 私と理央君の姿を、どこかで見ていたとしたら──逆上して何をするかわからないな。


 早急に新城という男について調べなければ。

 勤務状況がわかれば、行動パターンは読めるはず。外回りが多いとなると厄介だ。


 一日も早い解決に向け、今後の対応策を練る私は、明日の出社時間を一時間早めることにした。


 ★★★


 ──翌日。

 出社早々、一つ仕事を片付けた私は、人事課に赴いた。  


 目ざとく席から離れようとしていた課長を捕まえ、許可を得て名簿の閲覧を始める。


 幸いにも理央君の生活圏内にある支社ということで、新城という名はすぐに見つかった。


 私はすぐさま、新城の上司に電話を入れる。


「君の部下の新城君、彼の仕事ぶりはどうかな」


 名目は、新企画の立ち上げをするにあたり、優秀な人材を探している。候補者のピックアップ中なのだと伝えた。


「新城君は人当たりがよくて、取引先からのウケもいいんですよ。誠実に対応してくれるから安心だと」


 聞いた感じでは、勤務態度に問題はなさそうだ。


 次に選考資料として、私は新城の先月分と今月分の勤務形態を送るよう、上司に指示をした。


 理央君の門限を設定するのに、退社時間や訪問先のリストは重要だからな。


 とはいえ、本人に知られては意味がない。


 まだ選考段階のため、他言無用でと念を押す。当然本人にも、決して言わないよう釘を刺す。

 さらに人任せにはせず、上司自らが指定先にデータを送るよう伝えた。


 そして二十分後、リストが送られてくる。

 社員証による、データ管理の賜物だ。

 これは賞与などの際、評価付けにも使われるものであり、また過剰な残業をさせないために、定期的にチェックが入るものだ。故に極秘情報というわけではない。


「ここ一月、やけに外回りが多いな。それに直帰も」


 この日、私は初めて自分の地位に感謝した。御曹司でよかったと。そして、仕事中に私用で社のデータを利用することなど、以前の自分では考えられないことだった。 


 すべては理央君の身を守るためであり、悪事を働くわけではない。犯罪を未然に防ぐためだ。


 人を好きになると、こうも自分が変わってしまうとは、思いも寄らなかった。


 今さらながら、私は恋の威力を知った。



 



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