第35話 怖くないんですか
身を引かなくてもいい。そのことに安堵するも、オレには他にも気にかかることがあった。
「あの、もう一つ聞きたいことがあるんですけど、鷹峰さんは男を好きだって自覚したとき、性別は気にならなかったって前に言ってましたけど、それは今も変わりませんか? 今後、女の人を好きになることもあるかもって、悩んだりとか……」
これは聞いておきたかった。実際に付き合うことになったとき、本当に世間体を気にせずにいられるものだろうか。
それに、やっぱり女の子のほうがいい──なんて言われたら、オレは立ち直れない気がする。
「ああ、気持ちは変わらないよ。それらのことで悩んだこともない。おそらく私は、これまで女性を好きになったことがないから、恋愛対象は男なのではないだろうか。理央君もそうだと思っていいのかな」
鷹峰さんは躊躇うことなく、そう口にした。
すごいな、鷹峰さんって。オレなんて、誰にも知られたくない、どうして自分は男が好きなんだろうって、自分の性癖を隠すことばかり考えていたのに。
「はい。オレも恋愛対象は男ですけど……あの、怖くないんですか?」
鷹峰さんには地位がある。オレとのことで外聞が悪くなって、仕事に影響が出るようなことがあったら──
「怖いとは?」
「周りの人たちから向けられる、目や態度が変わることです。男同士で付き合うなんて普通じゃないって。だから普通とは違う自分は、受け入れてもらえないかもって思うと、正直オレは怖いです」
実家を出るとき、捨てたはずの感情だった。自分を肯定して、前向きに生きて行く。生まれ変わった気持ちでいたはずなのに、心の片隅でずっと燻っていた感情が顔を出す。
「私には、そういった感情はないな。言われる以上に、自身が立派な人間となり功績を挙げればいいだけのことだ。今の私は理央君にとって、恥ずかしい存在かな。だとしたら、私はもっと高みを目指すよ」
鷹峰さんは揺るがなかった。
「それに、普通とは誰の基準? 理央君の恋愛対象が男というだけで、君が普通とは違うなんてことはない。人それぞれ、趣味嗜好は違う。その中の一つが、男が好きというだけだ。すべて個性だと思えばいい」
強い人だな──それに比べてオレは……こんなことじゃ、ダメだよな。
「そんなふうに考えられるなんて、鷹峰さんはすごいな。オレ、変われるかな。違う、変わらないと鷹峰さんにとって、恥ずかしい存在になるよね。もっと自分に自信を持てるように、オレ頑張る!」
そう言うと、鷹峰さんは頷き、優しげに微笑んだ。
「あ、そういえば、どうして鷹峰さんは、オレと御崎が付き合ってると思ったの?」
鷹峰さんから距離を置かれたのは、同一人物だということがバレてしまったからだと思っていたと告げる。
「あれは出張の前日だったんだが、偶然君がこの部屋に入るところを見てしまったんだよ」
なるほど。それで同棲してると思われたのか。
それにしても、オレって中性的な顔ではあるけど、ここまで気づかれないってすごくない? ある程度なら、男だってバレない自信はあったけどさ。もしかして、自分で思ってるより女装が上手いのかな、オレ!
なんて、鷹峰さんの思い込みが半端ない気もするけど……
「そうだったんですか。じゃあ、あの、もう一つだけ。本来のオレをいつ好きになってくれたのかなって」
はっきり言って、心当たりがない。どちらかといえば、御崎のほうが親しくなっていたと思う。
「率直に言うと、レストランで君と会った瞬間、私は恋に落ちていた。一目惚れともいうが」
「え、オ……レに? 一目惚れって──」
オレは呆然と呟く。
歓喜と信じられない気持ちで、半ばパニックだ。
「とはいっても、君の纏う空気に親しみも感じたよ。今思えばだが、御崎さんとしての君に会っていたからではないだろうか」
「え、でも……御崎のほうには、恋愛感情はないって──」
何が決め手になったんだろう。やっぱり、性別ってことかな。
「あぁ……どう言えばいいかな。前にも言ったと思うが、私は普段から、女性に冷たいと周囲の人間に言われていてね」
自分ではそんなつもりはないんだが、と彼は苦笑を浮かべる。
彼の中で、女性に対して何らかのシールドが発動してしまうのかな?
それは過去に、女性から受けた苦い経験からきているのかも、とオレは思った。御曹司であり、ルックスも抜群となれば、女性からのアプローチを散々受けてきただろうから。
「オレはそんなふうには思わなかったけどな。御崎にはわざわざ謝罪してくれたし、紳士的だったよ」
「もちろん、自分に非がある場合は相応の対応はするよ」
しかしあのとき、オレの挑発に乗ってしまったことには、自分でも驚いたという。
「女性に必要以上に関わらない私が、御崎さんに対しては違った。それどころか、親しくしていたと思う。君の持つ雰囲気と人柄を、女装していても感じていたのではないだろうか。でなかったら、本を借りるだけとはいえ、女性の部屋など行ったりしない。まあ、結果論かもしれないが」
「なんとなく、わかったような……気もする?」
首を傾げるオレに、彼は真剣な眼差を向けてくる。
「包み隠されていない、素の理央君に一目惚れしたということだ。もう一度言うよ。理央君、私の恋人になってほしい」
再度乞われ、オレは今度こそ素直に気持ちを告げる。
「は……い。オレも、あなたが好きです。オレを……恋人にしてください」
感極まって、声が震えてしまった。
そんなオレを鷹峰さんは愛おしげに見つめ、胸に抱き寄せた。オレもそっと背中に手を回して、抱きしめ返す。きっと鼓動の早さが、彼にも伝わっているはずだ。
不安に押しつぶされそうだった自分が、今は幸せで満たされている。
どれくらいそうしていたのか──彼の腕からふっと力が抜ける。オレが顔を上げるのと同時に、彼が身じろぎ優しく体を離し問いかけてくる。
「キスしてもいいだろうか」
そんなこと、聞かなくてもいいのに。鷹峰さんらしいけど。
返事の代わりに、オレは目を閉じる。
そっと重ねられる唇。なんだか、ぎこちなさを感じた。
まあ、そういうオレも、ぎこちないんだけど。だって、初チューなんだから仕方ないよね。もしかして、鷹峰さんもだったりして。さすがにそれはないか。
恐る恐る触れ、離れてはまた触れる。やわらかくて、温かい彼の唇。
この展開って、まさか!
一気に関係が進展するのかと、期待と戸惑いがない交ぜになる。
と、そのとき──
甘い空気が漂う部屋に、オレのスマホの着信音が鳴り響いた。
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