第34話 そういう反応になるよね

『明日、君に会いに行くよ。やっと二人は結ばれるんだよ』


 昨日ストーカーから届いた手紙に、オレは震え上がった。


 大学からの帰り道、日は沈んでいき徐々に暗さが増す中、不安と心細さで泣きそうだったオレの前に、鷹峰さんが現れた。


「──久しぶりだね」


 会いたくてたまらなかった彼の声を聞いた瞬間、ずっと我慢していた感情が溢れだし、涙腺が崩壊してしまった。


 オレのこと、許したわけじゃないはずなのに──


 鷹峰さんは泣きじゃくるオレを、守るように抱きしめてくれた。


 温かい──安心するな。でも……優しさに甘えちゃいけないんだ。


 オレのために、慣れない冗談まで言ってくれる鷹峰さん。


 謝らないと──


 これは神様がくれた、最後のチャンス。

 たとえ関係を修復できないとしても、自分の口から、ちゃんと打ち明けなさいと──


 オレは勇気を振り絞って、部屋に来てほしいと告げた。だけど鷹峰さんは、「しかし、そこには……」と躊躇いをみせる。


 入りたくない。続く言葉を想像してしまう。


 当然だよね……


 彼の拒否は、今さらオレの部屋に来たところで、騙されていたという事実は消えないのだという意思表示に思えた。


 それでも、後には引けない。


「お願いです。来てください」


 再度頼み込むと「わかったよ」と了承してくれた。車を移動させてから、戻ってくると言われ、オレは先に部屋に帰った。


 ★★★


 十分も経たずに、鷹峰さんはオレの部屋に来てくれた。もしかしたら、あのまま帰ってしまうかも……という不安もあったオレは、心底ほっとした。


「どうぞ、入ってください」


 遠慮がちに部屋に入ってきた鷹峰さんは、玄関の方をチラチラと見ながら、落ち着きなくそわそわしている。


 どうしたんだろう、早く帰りたいのかな。


「あの、狭い部屋ですみません。この椅子に座ってください」

 机の椅子を彼に勧め、オレはベッドに座る。


 どっ、どう切り出せばいいんだろう。緊張で口から心臓が飛び出そうだよ。


「御崎さんは、まだ帰って来ないのか?」

 ドギマギするオレより先に口を開いたのは、鷹峰さんだった。


「え? どういう意味ですか」

「──二人は恋人同士なんだろう? 一緒に住んでもいる」


 えー⁉ そんな誤解してたの!


 てっきりオレは、御崎と理央が同一人物だと気づかれたと思っていた。現にオレがここに住んでいると知っていたから。


 何がどうなってるの? 


「ちっ、違います! オレ、恋人なんていません」

 慌てて否定しても、鷹峰さんの顔は翳り伏し目がちだ。


「隠さなくてもいい。私はこの部屋に、何度か来たことがある。御崎さんに本を借りていたんだ。他の男が出入りしていたなんて、気持ちのいいものではないな。すまなかった」


 そんなに潔く謝罪されたら、オレ──


 罪悪感が膨れ上がり、大岩が胸にのしかかっているかのように苦しくなる。


 早く本当のことを言わないと──


 謝らなければならないのは、自分のほうなのだから。


「本当に恋人はいません。だって、オレが好きなのは鷹峰さんだからっ!」

 焦るあまり、唐突に想いを告げてしまう。


「え──」

「あ、あの、その、だっ、だから──御崎も理央もオレです。だってオレ、御崎理央だし」


 固まる鷹峰さんに、上手く説明できずにあたふたしてしまう。


「──すまないが、少し整理させてほしい」

「ごめんなさい。自分でも、何て言ったらいいか混乱して……」


 しょんぼりと肩を落とすオレに、鷹峰さんは「いくつか質問するから答えてほしい」と言う。


「君は自分が御崎さんだと言うが、服装からしても女性だったぞ。あ、お姉さんなのか?」


 腑に落ちないという顔の鷹峰さんには、口で説明するより現物を見せたほうが早いかもしれない。


「ちょっと待っていてください」


 オレはクローゼットから、ワンピースやウイッグを取り出す。


「オレが女装してたんです」

「っ! り、理央君が──女装……」


 う……やっぱりそういう反応になるよね。


 正に驚愕の表情だった。真面目な彼には、理解できないのかもしれない。でも、弁解だけはさせてほしい。


「勘違いしないでほしいんですけど、オレは女になりたいわけでも、女装が好きなわけでもありません」


「そ、そうなのか。しかし、では、どうしてなんだ?」

 動揺しているのか、鷹峰さんの口調がぎこちない。


 うん、正しい反応だと思うよ。


「男のまま、BL小説を買いに行くのが恥ずかしかったからです。好奇な目で見られるかもって。だから女装して書店に行っていたんです」


 心情を打ち明けると、鷹峰さんは「なるほど……」と小難しい顔で何度も頷く。その様子が、オレには何やら分析しているように見えた。


「私の中に、女装という概念の偏りがあったようだ。腐女子発言同様、察してあげることができず、申し訳ない」


 彼の中で女装の意味するところは、きっと舞台やイベントといったイメージしかなかったのだろう。なのにオレの行動に、理解を示してくれた。それだけでもありがたいのに、自分に非があるかのように詫びられてしまい、オレはいたたまれなくなる。


「いいえ、騙していたオレが全部悪いんです。なかなか言い出せなくて、ごめんなさい」

 額が膝につくほど深く頭を下げる。


「頭を上げて。私は驚いただけで、怒っているわけではないんだから」

 椅子から立ち上がった鷹峰さんが、オレの隣へ腰を下ろす。


「本当に? だって、オレは自分の恋を叶えるために、親切ぶってアドバイスまでしてたのに、怒らないなんてこと、あるはずない……」


 オレは顔を俯けたままで、鷹峰さんを見ることができない。


「いや。むしろ君が、私と恋がしたいと望んでくれていたことを、嬉しく思っているよ」

 彼はそっとオレの肩を抱いた。


 本当に怒ってないんだとしたら──優しすぎるよ、鷹峰さん……


 ゆっくりと顔を上げ、鷹峰さんに視線を向けると、とろけそうなほどの笑顔だった。


「それに、今は恋人がいたわけではないとわかってほっとしている。恋に破れ落ち込んでいたからね。好きと言ってもらえて、とても幸せだ」


 好き……そうだった! 勢いで告白したんだった‼


 オレの顔が一気に熱を帯びる。


「私も君が好きだ。恋人になってほしい」

 オレを見つめる鷹峰さんは、とても真摯な眼差しだった。


 嬉しい……嬉しいけど──


 鷹峰さんらしいストレートな告白に感激するも、オレは即座に返事ができなかった。

 彼は御曹司。鷹峰グループの後継者だ。そんな彼が、男のオレと付き合うなんて……鷹峰さんの両親の気持ちを思うと苦しい。


「オレは男だよ。いいの? 鷹峰さんは、長男なんでしょう?」

 自分は子どもを産めない。そうほのめかす。


「それは、跡継ぎのことを言っているのか?」


 オレは頷くことで答えた。


「そんな心配はしなくていい。今の時代、親族経営など、かえってよくない。優秀な者が継いでいけばいいんだ。それに私には、姉もいれば弟もいる」


「え……そうなんですか⁉」


 な、なんだ……そうか、兄弟がいたんだ。よ、よかった。よかったって、思っていいんだよな。


 鷹峰さんが後継者問題で苦しむなら、身を引くことも考えていたオレは、安堵から脱力してしまった。




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