第32話 どんな日常を送ってたっけ……?

 あれから三週間以上が過ぎた。待っても待っても、鷹峰たかみねさんは姿を現さない。


「何かあったのかな」


 オレは御崎として一度メールを送ってみたけど、エラーで戻って来てしまった。


 やっぱりまだ、海外にいるのかな。いつ帰って来られるかわからないって言ってたし。


 それとも、スマホが壊れたとか?


「はぁ……会いたいな、鷹峰さんに」


 いつになったら、会いに来てくれるのかな……


 寂寥感せきりょうかんが増していく中、追い打ちをかけるようにストーカーからの手紙が届く日々に、オレは気が滅入る一方だった。


 三日前に届いた手紙──


『やっと私だけにしてくれたんだね。嬉しいよ。彼女と男、最近会っていないことは知っているよ』


 いつどこで、誰に見られているのかわからない現状に、オレは精神的に限界がきていた。


 早く戻ってこないかな、鷹峰さんのいるオレの日常──


 ★★★


 そして連絡のないまま数日が過ぎたある日、新城しんじょうさんが鷹峰さんの情報を持ってレストランにやって来た。


「例の御曹司、振られたらしいよ。以前にも増して、仕事一筋って感じみたい。いつも無表情で怖い、だってさ」


「へー、そうなんですか……」

 オレはそう答えるだけで精一杯だった。


 平常心を保っていられなくて、ふらふらと洗い場に逃げ込む。


 ちゃんと帰って来てたんだね、鷹峰さん。それなのに会いに来てくれないって、どうして──


 それに振られたって、どういうこと? オレは振ってなんかいないのに。ま、まさか……鷹峰さん自身が、もう恋に飽きてしまったってこと? 


 いや、違う。あの鷹峰さんが、何も言わずに連絡を絶つなんてこと、するはずない。


 バレたんだ。オレと御崎が同一人物だって──


 ポストに入れられていた、BL小説。


 どうしてあのとき、オレはおかしいと思わなかったんだよ。彼なら、『ポストに入れさせてもらった』とメールが来てもよさそうなものなのに。


 オレは出張前で忙しいんだろう、くらいに思っていた。


 ──ばちが当たったんだ。


 彼に嘘をついて、騙し続けた報い。想いを寄せられていることに胡坐をかき、鷹峰さんの純粋な気持ちを踏みにじったオレへの罰。


 最低だな、オレ──


 涙が頬を伝う。拭っても拭っても止まらない。

 そんなオレを見たマスターの奥さんが、「どうしたの?」と声をかけてくる。誤魔化すために、「泡が目に入っちゃって」なんて言ったりする自分は、惨めだった。


 終わっちゃったよ、オレの初恋。

 もう本当に、会いに来てくれないんだよね、鷹峰さん──

 

 でも、これでよかったんだ。鷹峰さんは御曹司なんだから、男の自分と付き合うなんて、許されない。

 

 オレって、自分のこしか考えてなかったな。


 自分は跡継ぎの問題に悩んでおきながら、御曹司である彼との恋を叶えようとしたんだから。両思いに浮かれて、夢の時間を終わらせたくなくて、目を逸らしていた卑怯者だ。 

 

 ごめんなさい──お願いだから謝らせてよ。嫌いにならないで……お願い──


 ★★★


 十二月に入り、世間はクリスマス一色で活気づいている。オレはというと、空元気からげんきで日々を乗り切っている状態で、バイトはなんとかこなしているけど、大学のほうは休みがちだった。


「大丈夫? 理央君。随分痩せたように見えるけど」

 心配げに、新城さんがオレの頬に手を伸ばしてくる。


「大丈夫ですよ」

 はっとして、オレは一歩後ろにさがり手を避ける。


 最近の新城さんは、やたらとオレに触れようとしてくる。店に来る頻度も上がっているし、視線が怖いと感じるときもあった。何がどうとはわからないけど。


 オレの精神状態が悪いせいかな。

 

 少し気晴らしが必要かもしれない。楽しみの一つだった書店へも、随分と行っていなかった。

 もしそこで、鷹峰さんに会ったら。そう思うと怖かった。


 それに女装するのは危険だし……


 ストーカーが別れたと思っているなら、無闇に刺激するのは得策ではない。


 これも自分の身を守るためだ。決して、ストーカーに屈したわけじゃないぞ。


 そう思うことで、どうにか自身の矜持を保とうと気を張る日々が続いている。でないと、正気を保っていられなかった。

 ここ最近、夜道を歩くのが怖い。誰かに後をつけられているような気がして。


 いつまでこんな状態が続くんだよ。せめてストーカーの正体だけでもわかればいいのに。


 不安と恐怖がオレを襲う。早く平穏な日々を取り戻したい。


 あれ──オレって、どんな日常を送ってたっけ……?


 それさえ思い出せないほど、オレは窮地に陥っていた。



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