第29話 我ながらいいできだ
アパートに帰り着いたオレは、いつもの習慣でポストを開けた。
「っ──⁉」
目に飛び込んできた茶封筒に、オレは息を詰める。
例のストーカーだ。このところ届いていなかったのに。
茶封筒を凝視したまま動けないでいると、ふと背中に鋭く刺さる視線を感じた。オレは振り向き辺りを見回す。
シンとした住宅街に「ワン」と犬の吠える声が響き、肩がびくりと跳ねる。
誰? 誰? 誰なんだよ!
オレは、封筒をひっ掴み、階段を駆け上がった。部屋に入るとすぐに玄関の鍵を閉める。
「はぁ、はぁ……」
ドアに背をもたれ、上下に揺れる肩を落ち着かせる。
今日の手紙は、今までと何かが違う気がした。胸がざわつくのだ。
「開けて……みるか──」
ベッドに腰を下ろし、恐る恐る紙を取り出す。
『あの男と、どこに行ったの? 浮気は許さないよ。何時に帰って来るのかな。時間によってはお仕置きが必要だね』
顔から血の気が引き、手が小刻みに震えだす。
「お仕置きってなんだよ──。今、何時だ」
時計を確認すると午後九時を少し回っていた。
「これって、セーフだよな。そんなに遅い時間じゃないし」
どうしてこんな思いをしなきゃならないんだよ。理不尽じゃないか。
「鷹峰さんに相談してみようかな」
そう思うものの、相手は彼のことを知っている。
巻き込むわけにはいかないよな。
自分でなんとかしないと。
「でも、どうやって……」
暗闇に独り取り残されたような心細さに、ベッドの上で膝を抱え顔を伏せる。
オレはそのまま、しばらく動くことができなかった。
★★★
デートの翌日。
その余韻もさめやらぬまま出社した私は、昼休憩を前に社長に呼び出された。
社長室に赴くと、神妙な顔をした父に、「来週からしばらく、出張を頼みたい」と告げられた。
「出張先はどこですか? しばらくとは、目安があるんですか」
「海外だ。お前が帰国してから、何やら揉めているらしい」
ホテル建設の計画が、進んでいないということか。
「どうして私が? 後任者がいるでしょう」
自分はもう、ホテル部門から離れた人間だ。
「実は、その後任者と先方の間でトラブルが発生していてね。上手く収めてきてほしい」
問題が解決するまで、帰ってこられないというわけか。
鷹峰グループの常務という立場上、引き受けるしかない。ホテル部門の傾きは、社にとって大きな痛手になってしまう。
「わかりました。後任者に現状を聞いてから対策を考えます」
そう返答し、社長室を後にした。
さて、どうしたものか。
スムーズに事を運ぶために、どうマネジメントするべきか。
まずは、問題点の分析だろう。
その結果を、どう改善したらいいのかということを、現場の皆で提案を出し合い実行していくように導く。
私が指示するだけではダメだ。
指示されたからそうした、では責任感は生まれない。それに、同じような問題が生じたとき、また壁にぶち当たってしまう。問題処理能力が磨かれないからだ。
私はこうやって、自身を高めてきた。この経験を、理央君が困ったとき、示してあげられたら。
ふと、彼に結びついてしまう思考に、苦笑が漏れる。
しばらく、理央君と会えなくなるのか……
会えないと思うだけで愛おしさが募る。
いつ帰って来られるかわからないとなると、出張に行く前にもう一度、理央君をデートに誘いたいな。
そう思い立った私の行動は、自分でも驚くほど早かった。
まずは前もってレストランに足を運び、理央君をデートに誘った。彼は快く受けてくれ、休日の午前中から出かけることになった。
待ち合わせは鷹峰書店がいいというから、きっと理央君も書店を利用してくれているのだろう。
無事日時が決まれば、次は場所。
私は若者が喜びそうな観光スポットを検索し、候補を絞りコースを練る。
「ふむ、我ながらいいできだな」
これなら理央君に喜んでもらえそうだ。
私にとって、人生で初めて立てたデートプランができあがった。
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