第27話 そんなに見ないでよ

 十月に入り、ショップ内は新作の秋冬商品であふれていた。


「これなんてどうですか? 鷹峰さんに似合うと思いますよ」


 タートルネックの黒いニットを広げて見せる。首の長い彼が着ると映えそうだ。ちなみにボトムは、黒茶色のチノパンだ。


「では、試着してみよう」


 鷹峰さんが着替えている間、オレはなんの気なしにハンガーにかかっているシャツの値札を見る。


 な、なな……たっかぁー!


 シャツ一枚で二万円とか、オレにはあり得ない値段だ。


 失敗だったかも、鷹峰さんにお金使わせちゃったよ──


 気軽に着替えたらなんて、言ってはいけなかった。このショップを選んだのは鷹峰さんだけど、考えてみたら彼ほどの人が安物なんて着るはずない。きっとここは、ブランドショップなのだろう。


 オレって、こういうことに疎いんだよな。

 だってさ、オレの住んでた田舎には、デパートなんてなかったし、普段の買い物だって、車で三十分は走らないとスーパーがなかった。オレの普段着は、そのスーパーに申し訳程度に置いてある、トレーナーやTシャツだった。


「お待たせ。どうかな?」

 試着室のカーテンが開く。


 おー、かっこいいと、何着ても様になるんだな~。


 ボトムの裾も、切る必要ないなんて羨ましい限りだ。

 オレはただただ、モデル並に着こなす彼に見惚れてしまう。そんなオレに、試着室から出てきた鷹峰さんは、戸惑うように頭に手を当てる。


「変かな? 何も言ってくれないということは、そういうことだろうか……」


 自信なさげに、彼の声が尻すぼみになってしまう。また変な誤解をさせてしまった。


「逆ですよ。似合い過ぎて、見とれていたというかなんというか……」


 慌てて弁解するものの、自分の言った言葉に恥ずかしくなってくる。けれどオレより鷹峰さんのほうが、頬を赤く染めていた。


 うわ~、照れてる。か、可愛いんだけど!


 一瞬でオレのハートが打ち抜かれる。なんというギャップ。いつも毅然としている彼が、まるで恋する乙女のようだ。


 破壊力半端ないよ。きっと初めての恋に、戸惑ってるんだね。大丈夫、オレも一緒だから。

 

 今までかっこいいと思う人はいたけど、それが恋だったかと問われれば、よくわからないというのが本当のところだ。


 人を好きになるって、こういうことなんだな。


 相手の表情一つで、鼓動が高鳴る。新しい一面を知れば、嬉しくなってもっと好きになっていく。


「ありがとう、これに決めるよ」


 鷹峰さんは店員さんを呼ぶと、このまま着ていくからと値札を切ってもらった。


 衣装チェンジした鷹峰さんと並んで、次はスポーツショップに向かう。 

 そこでオレは、弟に似合いそうな、グレーのウインドブレーカーを買った。袖の部分に太めの白いラインが入っていて、オレにはおしゃれに見えた。


「夕食を食べて帰らないか?」


 鷹峰さんが腕時計を見ながら言った。

 何時かと問えば、もうすぐ午後七時だとういう。


「もうそんな時間なんですね。どおりでお腹が空いてきたと思った」


 お腹に手を当てくすりと笑うと、何が食べたい? と聞いてくれる。オレは和食がいいと答えた。普段バイト先の賄いで、洋食を食べる機会が多いからだ。


「ここに来る途中に、和食の店があったな。そこに行こうか」


 さすが鷹峰さんだ。最初からオレを夕食に誘うつもりで、飲食店を頭に入れていたに違いない。


 オレが頷くと、鷹峰さんは嬉しそうに口元を綻ばせ、車に戻ろうと歩き出す。


 まただ……格好いいから仕方ないけどさ。


 さっきからすれ違う女性たちが、鷹峰さんに熱い視線を送っている。


 素敵でしょう? でも、ダメだよ。彼とデートをしてるのは、オレなんだから。どんなに視線を送っても、彼が好きなのはオレ。だから、そんなに見ないでよ。


 むくむくと湧いてくる優越感と、大きな独占欲。自分の中にこんな感情があったことを、オレは初めて知った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る