第26話 気持ちはよ~くわかるよ

 週末、いつものように鷹峰たかみねさんがレストランにやって来た。もうすっかり常連だ。


理央りお君、今日は何時までバイトかな?」

「三時くらいまでだと思います」


 オレの返答に、鷹峰さんはそうかと呟き、何やら考え込んでいる。


 どうしたんだろう、真剣な顔して。


 気にかけるオレをよそに、鷹峰さんは何を言うこともなく食事を終えると帰っていった。


 あの質問って、なんだったの?


 わからないまま、バイトの上がり時間が来る。予想どおり、午後三時だ。この仕事は、お客さん次第で上がり時間が前後する。


 さてと、夕飯は何を食べようかな。昨日はインスタントラーメンだったから、今日はまともなもの食べたいよな。


 そんなことを考えながら、着替えを済ませて外に出ると、一台の車がスーっと滑り込んで来てオレの前で止まった。そしてサイド・ウインドウが下りる。


「バイトお疲れ様。もし嫌でなければ、これから私とドライブしないか?」


 鷹峰さん! これって、デートの誘いだよね? 


 やったーー‼


 歓喜のあまり、オレは小脇でガッツポーズをしてしまう。


「はい! 行きたいです」


 笑顔全開で答えると、鷹峰さんはほっとしたように息を吐いた。


 緊張してたんだね。うんうん、わかるよ。初めてデートに誘うのって、勇気いるよね。オレはまだ、誘ったことないけど。


 鷹峰さんが「どうぞ、乗って」と助手席を示す。オレは素早く回り込み、シートに座った。


「じゃあ、出すよ」


 車を発進させた彼の横顔を盗み見ると、口元が綻んでいた。


 オレが誘いに乗ったこと、喜んでくれてるんだね。


 そういうオレも、笑顔になっていると思う。意識していないと、表情筋がだらしなく緩んでしまいそうだ。


 だって、待ち望んでいたデートの誘いだよ? 飛び回りたいくらい嬉しいに決まってる。


 鷹峰さん、いろいろ勉強したんだろうな。スマートなデートの誘いだったし。


 まあオレも、後押しするために、先週新たに店長さん経由で二冊の本を貸したんだけどね。


 鷹峰さんは連絡してくれたら、アパートに取りに行くと言ってくれる。でもオレは、アパートに来てもらうことを避けていた。御崎との接点は、極力なくしていきたかったから。


「どこか行きたい場所はあるかな。誘っておいてなんだが、こういったことに私は慣れていないんだ」


 困り顔で言う彼が可愛く見える。誘うだけで精一杯だったのかもしれない。

 かくいうオレ自身も慣れてないんだけど……ここは正直に申告することにしよう。


「実は、オレも慣れてないんです。だから一緒に考えませんか」

「そうなのか。意外だな。理央君はモテそうなのに」


 表面ではそう言いながらも、目尻を下げ嬉しそうだ。


「それはこっちの台詞です。鷹峰さんこそ、モテモテなくせに」

 わざとぞんざいに言ってみる。


「いや、そんなことはない。私は恋愛には興味がなかったんだ」


 慌てたように彼が反論してくる。女性に対して冷たいと、周囲からも言われているとか。

 

 なんとも不思議な会話だ。まだ付き合っているわけでも、好きだと告白されたわけでもないのに。


 でも、それでもいい。鷹峰さんが真剣に、オレとの恋に向き合ってくれているんだから。


 それなのにオレは──ちゃんと鷹峰さんと正面から向き合っているのか?


 チクリと胸に針で刺されたような痛みが走る。

 

 卑怯者──自分は彼を騙している。

 親切顔して、恋の後押しなんかして。それも、自分の恋を叶えるために。


 こんな自分は、誠実な鷹峰さんに相応しくないよな……


 御崎が女装したオレだってバレたら、どうなるんだろう。揶揄ったと思われるかもしれない。恋してる相手本人に、恋の相談をしていたことになるんだから。


 オレだったら、羞恥で堪えられないかも……


 それに──そんなことをするような人、好きでいられる?


 イヤだ──嫌われたくない。絶対に隠し通さないと。


「どうかしたのか? 急に黙り込んで。やはり私とでは楽しくないか……」


 俯き黙り込んでしまったせいで、鷹峰さんを不安にさせてしまった。


 せっかくデートに誘ってくれたのに、オレのバカ──


「ち、違います。どこに行こうか考えていただけですよ」


 明るく答えると、ふっと彼の表情が和らぎ、「そうだな。行き先を決めよう」と彼も考え始めた。


 ★★★

 

 いろいろ案を出し合ったものの、行き先は近場のショッピングモールになった。遠出するには時間的に余裕がなかったし、オレが弟に何かおしゃれなものを買って送ってあげたいと思っていたのもその理由だ。


「スポーツショップがあるみたい。行ってもいいですか」

「ああ、理央君の行きたいところで構わないよ」


 店内案内図を見たオレは、三階にあるショップを目指し、エスカレーターを探す。


 う……なんだか視線を感じるような気がするんだけど。


 それは気のせいじゃなかった。


 学校帰りの女子高生とすれ違ったとき、「今の人、ちょー格好よくない?」とはしゃぐ声が聞こえてきたからだ。


 だよね! 気持ちはよ~くわかるよ。オレもそう思うもん。でもさ、もう少し小さな声でお願いできるかな。じゃないと、他の人まで鷹峰さんを見てくるんだけど! でさ、ついでのようにオレをチラ見するんだ。


 その視線に込められた含みはなんだろう。


 やっぱりあれかな。生徒指導の先生と歩く生徒……みたいに見えてたりする? 


「そういえば、鷹峰さんってレストランに来るとき、いつもスーツ着てますよね」


「こっちに来るときは、仕事を兼ねているからな。スーツがどうかしたのか?」


「えっと、鷹峰さんの私服姿、見てみたいなって思って」

 着替えるって言ってくれるといいんだけど。


「それは……スーツ姿の私と一緒に歩くのは、恥ずかしいということだろうか」


 うわー! 遠回しに嫌みを言われたと思われた? ど、どうしよう。


「そういう意味じゃなくて、鷹峰さんはスーツ似合うし、かっこいいです。でも、ほら、オレの格好見てよ。パーカーにデニムだよ。大人と子どもみたいで釣り合わないと思わない?」


 いくらなんでも、親子には見えないだろうけどね。


「そんなことはないと思うが。しかし、気になるというなら……そうだ、理央君に選んでもらおうか」


 となって、オレたちは先にメンズショップに向かった。

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