第25話 あれ、はぐらかされた?

 十日ぶりのバイトの帰り道。

 オレは明日の朝食用のパンを買おうとコンビニに寄った。


「あれ? 理央りお君じゃないか」

「あ、新城しんじょうさん。こんばんは、仕事帰りですか?」


 プライベートで新城さんに出くわすのは初めてだ。


「今日は残業だったんだけど、予想外に遅くなってしまってね。もう作るのが面倒で、お弁当買いに寄ったんだ」


「お疲れ様です。遅くまで大変ですね。普段は自炊してるんですか?」

「時間があるときは、なるべくね」

「うわー、尊敬するな。オレ、料理とか無理。作っても目玉焼きくらいかな」


 よく焦がすんだけどね。


 オレがまともに作れるのは、母さん直伝のりんごジャムだけだ。傷があって売り物にならないりんごを使って、めちゃくちゃ練習したからね。


 それじゃあと、オレがパンコーナーに行こうとすると、新城さんに「待って」と呼び止められる。


「ちょっと協力してほしいことがあるんだけど、時間いいかな。少しでいいんだ、お願い!」


 新城さんは手を合わせて、必死にオレを拝み倒してくる。


 前にも似たようなことがあったような……


 はぁー、そんな申し訳なさそうな顔されると、嫌だなんて言えないよ。


「いいですよ、少しだけなら」

 何を頼まれるのかわからないけど。


「助かるよ、本当に。ありがとう、理央君」


 新城さんはコーヒーでも飲みながら話そうと、コンビニのイートインスペースを指差した。


 よかった、ファミレスにでも誘われたらどうしようかと思ったよ。だって、絶対時間長くなるし。


 オレは新城さんがコーヒーをドリップしている間に、パンを買っておく。これで話が終わればすぐに帰れる。


「そんなに手間は取らせないよ。簡単なアンケートに答えてほしいだけだから」


 席に着いたところで、新城さんは鞄から用紙を取り出した。


「アンケートってなんのですか?」

「社の企画でさ、今時の大学生の恋愛事情について調べているんだ」


 へー、そんな企画があるんだ。でもオレ、恋人いない歴二十年超えてるんだけど参考になるのかな。


 不安になり問えば、(もちろん恋人いない歴は伏せた)いろんな意見を聞きたいから大丈夫だと言われた。


「じゃあさっそく、回答よろしく」

 ボールペンとアンケート用紙を渡される。


「え、名前と電話番号も? 書かないとダメですか」

「できれば書いてほしい。アンケートに答えてくれた人に抽選で、ネット通販で使えるポイントが当たるんだ。千円分だよ」


 千円分……学生のオレには大きい。よし、書こう。


 それからオレは、順に質問に答えていく。


 恋人に求める第一条件は何? か……


 うーん、視線が気になるんだけど──


 新城さんが、オレの手元を見ているせいで、なんだか書きにくい。

 まあ、どうせあとから読まれるんだろうから、気にしない、気にしない……と思うものの、あまりの圧に、いっそのこと、口に出すことにした。


「上辺だけじゃなくて、オレ自身をちゃんと見てくれること、かな」

「なるほど。年の差は気にする?」


 オレの回答に、新城さんが反応する。


「どうかな──。好きになったら関係ないかも」

 オレは鷹峰さんを思い浮かべながら答える。


「そうなんだ。次は?」

「次? えっと……質問七、恋人の浮気は許せる? って、ダッ、ダメダメ。絶対嫌だ」


 鷹峰さんが自分以外の人とキスしている場面を想像しただけで、頭に血が上る。


「理央君って、束縛するタイプなの?」

 新城さんはくすくすと肩を震わせる。


「えー。束縛したいわけじゃないけど、浮気されるのは嫌ですよ。新城さんはいいんですか? 浮気されても」


「だよね、僕もそう思うよ。──浮気は許したらいけないんだ……」


 口を尖らせて不満げに言うと、スッと表情を無くした新城さんがぼそりと呟く。オレは語尾がはっきり聞き取れなくて、もう一度とお願いすると、なんでもないと流される。


「それより御曹司の噂、聞きたいだろ」


 あれ、はぐらかされた?

 もしかして新城さん、過去に浮気されたことがあるのかな。

 ここは触れないに限る。安全にいこう。


「あ、前に言ってたやつですよね。聞きたいです」


 オレは新城さんの話に乗ることにした。気になっていたからちょうどいい。


「御曹司に恋人ができたらしくてね。遅く来た春に浮かれてるって話だよ。今まで恋愛したことないらしいから」


「へぇー。御曹司ってだけでモテそうなのに、女遊びとかしなかったんですかね?」


「それが、極度の堅物みたいでさ。女とデートするより、勉強してるほうがいいっていうんだから、酔狂すいきょうにもほどがあると思わない?」


 鷹峰さんをバカにするような口ぶりに、オレは沸々と怒りが湧いてくる。


 彼は誠実で、真面目なだけなのに。

 もう新城さんと、話していたくない!


「あっ、そろそろ帰らないと。アンケート、途中だけど……」


 今度会ったときに渡すからと、オレが用紙に手を伸ばすと、新城さんは素早くそれを鞄に入れてしまう。


「途中でも構わないんだ。皆が皆、全問回答してくれるわけじゃないからね。理央君は答えてくれたほうだよ」

「そうなんですか。じゃあ、オレはこれで失礼します」

「ありがとう。遅くまで付き合わせてしまったね。送ろうか?」

「いえ、大丈夫です」


 立ち上がり、自分のコーヒー代を出そうとすると「お礼に奢らせて」と言われ、甘えることにした。


「ご馳走さまでした」

 軽く頭を下げ、オレはコンビニを後にした。


 なんだか、普段の新城さんじゃないみたいだったな。


 違和感を覚えつつ、オレは家路に着いた。

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