第24話 恋愛偏差値上がってるんですけど‼

「なかなか声かけてくれないから、焦っちゃったよ」


 鷹峰さんが立ち働くオレのことを、目で追っていたことには気づいていた。


 そんなに難しいかな、声をかけるタイミングって。

 あ、そうか。オレが仕事中だったからかも。真面目だもんな、鷹峰さん。


 私用で仕事の邪魔はできない。とか思っていそうだ。


 そういえばオレ、あなたに好意を抱いています的な発言をしてしまったような……


 ぎゃー、恥ずかしい。あなたの担当は僕がしたかったとか、ヤバくない? オレの気持ちダダ漏れじゃないか。


 なんて、あの鷹峰さんだし、察してくれてないかも。

 

 何しろ、あの恋愛偏差値だからな。過度な期待はしないでおこう。

 でもでも、名前を教えてくれたってことは、鷹峰さんなりに親交を深めようと、頑張ってくれてるってことだよね。


「今度、俺から鷹峰さんって声かけてみよっと」

 ちょっとした悪戯心が湧く。


 どんな反応するかな。ふふ、楽しみだ。


 ──そしてその機会は、早々に訪れた。


 彼が恋を自覚したあの日を境に、鷹峰さんは週に二、三度はレストランに来てくれるようになっていた。


「鷹峰さん、よくここに来てくれますけど、この近くにお住まいなんですか?」


 都心と知ってはいるけど、会話の糸口になればと聞いてみる。


「いや、港区に住んでいる」


 正直だなと思いながら、オレは次の質問を投げかける。


「えっ、遠い所からわざわざ来てくれるなんて、このレストラン気に入ってくれてるんですね」


 さあ、どう切り返してくるかな。あたふたする?


「そうだな、とても気に入っている。君も含めて」

「──っ‼」


 そんな返しが来るとは思いもよらず、オレの顔が一気に熱くなる。


 ちょっと! 恋愛偏差値上がってるんですけど‼


 返り討ちに合いオレが焦っていると、お客が入店したことを知らせるカウベルの音に助けられる。


「いらっしゃいませ。いつもの席、空いてますよ」

 常連の新城さんだった。

 オレは鷹峰さんの座るテーブルから離れ、彼を案内する。


「ありがとう。理央君」


 背後からすっと新城さんが近寄って来て、不意にオレの肩に手を回してきた。驚いたオレは、びくりと肩を揺らしてしまう。


「また御曹司の噂、仕入れてきたよ。今度、ゆっくり話そう」


 耳元でそう囁かれ、軽く肩を二度叩き新城さんは手を引いた。

 

 今の、なんだったんだろう。

 背筋がぞわっとして、一瞬冷えたような……


 こんなことをされたのは初めてだった。

 肌で感じた違和感を拭いたくて、オレは鷹峰さんのほうへ視線を向ける。


 あれ、なんで? 眉間に皺よせてる。なんか……怒ってない?


 その不穏さに、オレはさりげなく視線を逸らしてカウンターの中へ逃げ込む。


 それからしばらくして、そっと鷹峰さんの様子を伺ってみた。


 まだ不機嫌っぽいな。どうしたんだろう。

 はっ、もしかして、嫉妬だったりして!


 だとしたら嬉しい。とはいえ、鷹峰さんがその感情を、嫉妬だと理解しているかは謎だけど。


 結局その後、会話を交わすことはなく、食事を終えた鷹峰さんが席を立つ。

 小難しい顔で会計を済ませると、鷹峰さんは一言だけ「ごちそうさま」と言って外に出ていってしまった。


 目も合わせてくれなかったな──


「理央君それ、お知らせすのを忘れているよ」


 しゅんとするオレに、マスターがレジ横に置いてあるチラシを指差す。


 しまった! やらかしちゃったよ。


 来週から一週間、マスター夫婦が結婚二十五周年記念で旅行に行くため、その間レストランが休みになる。そのお知らせのチラシを、常連さんに渡さないといけなかった。


 オレはチラシを手に、慌てて彼を追いかける。


「待って、鷹峰さん」

 オレの呼ぶ声に、彼は足を止め振り返る。


「うわっ!」

 剣の取れた彼の顔にほっとした瞬間、オレは何もない平坦な道でつまずいてしまう。


 もー! 鷹峰さんの前で恥ずかしすぎるよ。


 傾いでいく身体に衝撃を覚悟するも、予想と違った感触が頬に当たる。


「大丈夫か?」

 顔を上げると、心配顔の鷹峰さんと視線がぶつかる。


 咄嗟に受け止めてくれたのはありがたいけど──


「は、はい──」


 か、顔が! 近い近い‼


 かろうじて返事をして、オレは腕の中から慌てて飛び退すさる。恥ずかしさと、鷹峰さんに抱きついてしまったことに、尋常でない早さで心臓が鼓動を刻んでいる。


「すっ、すみません。あ……モッ、モグラ、がいたんですよ! あははは……」


 必死に誤魔化したものの、ここは都会。オレの住んでた田舎じゃなかった。


 こんなジョーク、通じないよな。


「えっ⁉ がいたのか。珍しい」


 あぁ……なんてことだ。本当に通じないなんて。ここはオレの言うことを疑わない、ピュアな人なんだと思おう。


 冷めたトーンで、「あり得ないことだ」と言われるよりはいい。

 

 だけど、何か言わせて!


「もう、本気にしないでくださいよ。躓いたのが恥ずかしかったから、もぐらって言ってみただけです。こういうときは、冗談に乗るものでよ!」


 わざわざ弁解する恥ずかしさときたらない。


「なるほど。どう言えばよかったのかな」


「えっ? あ、例えば、『! だよね~。自分もよく遭遇するよ』とか? とにかく、笑いにしてくれたら助かります」


 いい案が思いつかなくて、オレが苦し紛れに言った言葉に、「わかった。次はそうするよ」なんて、鷹峰さんは真面目な顔で頷く。そんな彼がおかしくて、オレは「似合わなそう」とぶっと吹き出してしまった。


 それにつられたのか、鷹峰さんもククッと笑う。


「はぁー可笑しかった。はい、これ店休日のお知らせです」


 簡単に説明してチラシを渡すと、「しばらく会えないのか……残念だ」と彼が呟く。


 オレはこそばゆい気持ちに堪えながら、聞こえなかったふりをして鷹峰さんを笑顔で見送り店内に戻った。


「理央君、さっきの人と仲いいんだね」


 仕事に戻ったオレに、新城さんがそう声をかけてくる。


「そうですか? 最近よく来てくれるけど、仲いいってほどではないですよ」


 適当にはぐらかすと、「ふーん」と素っ気なく返されて終わった。


 結局この日、新城さんが『御曹司の噂』について口にすることはなかった。

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