第22話 何を言い出すんだ、この人は!

 返事を打つオレの鼓動が変だ。

 早くなったり、鈍くなったり──

 まるで知りたくないと、訴えているみたいだ。


『どんなふうに、気になるんですか?』


『消しても消しても、その人の笑顔が頭に浮かんでくるんだ。原因がわからず困っている』


 すぐに返信してくるなんて……

 オレからの意見を、早急に求めてるってことだよな。


『それは、その人のことが好きなんだと思いますよ』


 オレはこの一文を打つのに、結構時間がかかってしまった。

 認めたくないという動揺からか、文字を何度も打ち間違えてしまったからだ。


 だってさ、好きな人から受ける恋の相談に、冷静にアドバイスを贈るなんて無理だよ。

 

 なのに鷹峰さんは、すぐに返信してくる。


『確かに好感は持っているが、それで仕事中に気が緩むなんて理解できない』

 

 鷹峰さんって、恋愛音痴だったのか。トホホだよ、まったくさ……


「なんて返事しようかな」


 率直に、恋です、でいいよな。半ば投げやりだよ。


『ズバリ恋です』

『私が恋? 信じられない。自覚もないが』


 この一文には、目が点になった。


「信じられないのはオレのほうだよ! どうして自覚できないかな」

 

 なんでオレ、失恋した相手にこんな……むなしすぎるよ。


 ここから先は、良き友人として乗り切るしかない。

 

『メールだと焦れったいです。電話してもいいですか?』

 そう伝えると、すぐに鷹峰さんから電話がかかってきた。


「おめでとうございます、鷹峰さん。とうとう恋が芽生えたんですね」

 若干棒読みなのは、大目に見てもらいたい。


『だから、どうしてそうなるんだ?』


 どうしてって……まあ、恋って言われてもピンとこないのが鷹峰さんだよな。


「例えば、その人の笑顔を見たらドキドキしたり、また会いたいとか思ったりしませんか?」


 考え込んでいるのか、しばしの沈黙があった。


『──確かにそうだが、それが恋だと?』


「そうですよ! その人が他の男の人と仲良くしてたら、イライラしたりするんじゃないですか?」


 そんなに考え込むの? というほどの、長い沈黙があった。


『────心当たりは……ある』

「ほら、やっぱり。断言します。鷹峰さんはしています!」


 ヤバイ。泣きそう。完膚なきまでの失恋じゃないか。もう切っちゃおうかな。


『しかし、ほとんど話したことがないんだが』


 そんなこと、知らないよ。


「じゃあ、もっと話してみては? 恋が自覚できるはずですよ。あ、でも鷹峰さん、女の子が好きそうな話、できますか?」


 ちょっと失礼な言い方だったかも。でもさ、優しくアドバイスなんてオレには酷ってもんでしょ。それに、オレも恋愛経験ないんだよ? BL小説のお陰で知識はあるけどさ。


『──女の子……ではないんだ』

「へ──」


 え、え、今なんて? 女の子じゃないって言った⁉


 てことは……男?


 やっぱり鷹峰さん、オレと同類だったんだ!


 だからBL小説にも抵抗なく、なおかつ嵌まった。決してオレの影響で、好みが変わった訳じゃない……はず。


 なんて喜んでる場合じゃなかった。失恋に変わりはないんだし。


「だから……戸惑ってるんですか?」

 オレは遠慮がちに問う。


 男が好きなんて、女ということになっている御崎に打ち明けるには、勇気がいっただろうから。

 オレなんて、初めて自覚したときは受け入れられなかったし、未だに誰にも言えていない。


『その点は気にしていなかったな』


 へ、鷹峰さんって、性別は関係ない人? ていうか、世間体は? 気にならない人なの⁉


「そ、そうなんですか。私も偏見ないですよ」

『ならば相談なんだが、今度一緒に行ってもらいたい場所があるんだ』


 なんだか、嫌な予感がするような……


「──どこにですか?」

 オレは恐る恐る尋ねる。


『私が気になっている人が働いている場所なんだが』

 

 はぁー⁉ 何を言い出すんだ、この人は!


「それは絶対にやめたほうがいいです。悪手あくしゅを打つようなものですよ! その人が私のこと、鷹峰さんの恋人だと思ったら困るでしょう?」


『なるほど、そういうものなのか。理解した、やめておこう。だが、困ったな。いつも話しかけるタイミングが掴めなくて、親交を深めることができないんだ』


 あぁ、なるほど。だからオレに一緒に行ってほしかったわけね。


「ちなみに、その人はどんな仕事してるんですか」

 仕事中に話かけるとなると、確かにタイミングは難しいだろう。


『御崎さんのアパートから、割と近い場所にあるレストランなんだが。気になる人は、そこでアルバイトをしている』


 え……待って、待って。それって、まさかオレのことだったりする?


「そ、そこまで詳しく私に話していいんですか?」

『ああ、御崎さんのことは信用しているし、私には他に相談できる人はいない』


 そんなに堂々と言われても……

 でも、嬉しい。それだけ信用されてるってことだよな。御崎がBL好きだからかもだけど。


「わかりました。私でよければ、いつでも相談に乗りますよ」


 鷹峰さん、、上げていこうね!


『ありがとう、そうさせてもらうよ。ではお休み』

「お休みなさい──」


 胸のもやもやが晴れてスッキリしたのか、彼の声は弾んでいた。


 もちろんオレの心も弾んでいるけど。


「鷹峰さんが──オレに恋……」

 通話を終えたオレの口から、ポツリと零れる。


 願ってはいたけど、まさか現実になるなんて。


「でも鷹峰さん、自分がゲイだって自覚、あるのかな」


 たまたま好きになったのが、男のオレだった。そんな感覚かもしれない。

 それにしても、どのタイミングでオレに好意を抱いたんだろう。


 初めて店に来たときから、挙動不審ではあったけど……


 オレの姿をチラチラ盗み見たり、目元を赤く染めたりしていた。


 やっぱり鷹峰さんは、オレと御崎が同一人物だと気づいていない。間違いなく、別人と思っている。


 と、なれば──

 絶対に気づかれたくない。

 隠し通さないと。


 確信が持てた安心感と同事に湧いてきた、もう一つの感情。


 狡いな、オレ。

 でもさ、オレに恋してくれたんだよ? 奇跡なんだよ? 


 女装する人はちょっと……なんて幻滅されて終わりなんてことになったら──って、あれ? 鷹峰さんが恋したのが、オレ体で考えてるけど合ってるよな。


 あのレストランには、オレの他にも男のバイトが二人いる。滅多にシフトが被ることはないけど。


 勘違いだったら、オレって超絶イタイやつじゃないか。でも、鷹峰さんが店に来たとき、バイトはオレだけだったし……


 うん、やっぱりオレで合ってると思う。


「世の中、こんなハッピーエンドがあるなんてな~。──あれ? ハッピーエンド? じゃないよな……まだ」


 あの恋愛偏差値では、上手くアプローチしてくれるとは思えない。ここはオレが、恋愛成就というゴールに誘導するしかなさそうだ。まずはその手の内容が表現されている、BL小説を読んでもらおう。


 俄然張り切るオレは、例の手紙のことが頭からすっぽり抜け落ちていた。

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