第21話 つまり、好きな人──

御崎みさき~、今日の夕方、何か用事ある?」


 週末の金曜日、オレが大学構内を歩いていると、友人の宮田みやたが声をかけてきた。


「特にないけど。バイトも入ってないし。何か用?」

「実はさー、合コンのメンバー一人足んなくて。御崎、頼む」


 両手を合わせて頼み込まれる。


 あ……前に誘われたけど、断ったやつだ。困ったな、気が乗らないんだけど。


「な、いいだろう。お願いだから、参加してくれよ」


 返事に困っていると、「頼む、頼む……」と念仏のように再度頼み込まれる。


 オレはお地蔵さんじゃないんだけどな。でも……そんなに縋るような目で見られると、断れないんだよな。


「仕方ない。一時間で帰っていいなら、頼まれてやってもいいけど」


「やった! マジ助かる。夕方六時に、駅前の居酒屋に集合な」

「了解! じゃあまた後で」


 ひとつ貸しだぞと手を振り、オレは午後の講義を受けるため再び歩き出した。


 ★★★

 

 金曜日ということもあってか、店内は仕事帰りの社会人や大学生で賑わっている。かくいうオレの座るテーブルにも、男女五人ずつが向かい合って座っていた。


「かんぱーい!」

 威勢のいい音頭に合わせ、グラスのぶつかり合う音が響く。


「どうだ、女子大の皆さんだぞ。しとやかで綺麗な人ばっかりだろ!」


 宮田、張り切ってるな~。


 お目当ての女の子がいるのか、場を盛り上げようとテンションが高い。


 オレも、場がしらけない程度に話をしないとな。


 自己紹介も済み、各々会話を始める中、オレも向かいに座る女の子と当たり障りのない話しをしていた。


「御崎君って、どこ出身なの?」

「う~ん、オレ、田舎者なんだよね~。西日本とだけ教えるよ」

 

 多分、言ってもピンとこないだろうからさ。


「えー、何それ。ふふ、変な返し」

 オレが笑いを取ろうとしたと思ったのか、笑顔を見せる。

 

「じゃあ、連絡先、交換しない?」

 彼女は常に視界に入るよう、テーブルに置いてあるスマホを手にする。


「あ~、残念。オレ、糸電話しか持ってないんだよね」


 親しくなる気のないオレは、田舎で圏外だったから、スマホのない生活してたと面白おかしくはぐらかす。


「もー、御崎君って、秘密主義とか?」

「あれ? ミステリアスのほうが、女の子にモテるんじゃないの? 田舎者の勘違いだった? 恥ず、オレ」


 陽キャを演じるのって、疲れるな。


 こういうとき、自分にはやっぱり陽キャは向いてないのかなって思う。

 新たな自分に生まれ変わった気でいたけど、無理してるのかなオレ──

  

 はぁー、早く帰りたいな。


 オレはチラリと時計を確認する。


 あ、そろそろスタートから一時間だ。


 オレは「ちょっとトイレ」と席を立ち、幹事の宮田に目配せする。合図を察知した宮田が小さく頷くのを見て、了承を得たとそのままフェードアウトした。


 ★★★


「……もういい加減にしてくれよ」


 アパートに帰り着いたオレは、ポストの中にある茶封筒に深いため息と共に項垂れる。


「え──」


 階段を上りながら、嫌々文面に目を通したオレは、階段をまたいだまま、動けなくなる。


『合コンどうだった? 彼女と別れて、新しい恋でも探しているの? そんなことしなくてもいいよ。迎えに行くまで待っていて』


 怖い怖い怖い──


 オレは震える足を叱咤して、急ぎ部屋に駆け込んだ。そして手紙をぐしゃりと握りつぶして、ゴミ箱に投げ捨てる。


 あの居酒屋にいたのか? でも、それだとこの手紙が用意できないよな。いったいどこからオレを見てるんだよ。


 不気味なストーカーに、オレは怖じ気づく。頬に手を当てると冷たくて、自分が顔面蒼白になっているんだとわかる。


「本当に……来たらどうしよう」


 相手はこのアパートを知っている。


 オレは不安と恐怖で、部屋の中をそわそわと歩き回る。


 とそのとき──


 不意にメールの着信音が鳴る。オレは驚きのあまり、「ひぃ」と声を上げ身体を竦ませた。


「び、びっくりした、宮田からかな。オレが帰ったあと、何かあったとか?」


 ぶつぶつ言いながら、リュックからスマホを取り出す。


「あれ、鷹峰さんだ!」


 予想外の相手に驚くと同時に歓喜する。顔の血色まで戻ってきたような気さえした……というのに──

 

『今晩は。本はまだ読めていないんだ。なんというか、考え事をしていると時間の経過が早くてね。質問なんだが、御崎さんは特定の人物のことが、なぜか気になって仕方ないというような経験はあるだろうか』


 という文面に、指先から体温が失われて、身体が冷たくなっていくような気がした。


 これって、気になる存在が現れたってこと……だよね。


 つまり、好きな人──


「は、ははは……オレ、何を期待してたんだろう」

 乾いた笑いが出る。


 もしかしたら、鷹峰さんと恋ができるかも──なんてひそかに考えていた自分に呆れる。


 オレの夢見る時間は、終わってしまった。

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