第20話 怖すぎなんだけど……

「理央君、お疲れ様。上がっていいよ。──おや、何を笑っているのかな?」

 肩を震わせているオレを見て、マスターが首を傾げる。


「あ、いえ、なんでもないです。では、お先に失礼します。お疲れ様でした!」

 思い出し笑いをなんとか引っ込め、いとまを告げてそそくさとレストランを後にした。 


 ヤバイ、また笑いが込み上げてきた──


 自転車をぎながらニヤニヤするとか、怪しすぎるよな。でも、鷹峰さんとの奇妙なやり取りが、ツボに入って──


「ククッ……」


 だってあの鷹峰さんが、『君はアルバイトの学生さん?』だなんて言うんだもんな。それに、あの優しい言い方。普段なら『君はアルバイトの学生なのか』って、単調な口調で言いそうなのに。


 そもそも、飲食店の店員に注文以外のことで声かけるとか、イメージにない。それこそ別人では? と思ってしまいそうだ。


 別人……か。


 やっぱりオレのこと、御崎だって気づいてない気がする。鷹峰さんって、そっち方面に疎そうだし、御崎が女装した男だなんて発想、ないのかも。


 とはいえ、本人に確かめたわけじゃないから、まだ油断はできないけど。

 でもこれって、オレが望んでいた、本来の自分の姿で親しくなれるチャンスなんじゃ──


 幸運の女神様が微笑んでくれてる気がしてきた!


「今日の風は、やけに爽やかに感じるな~」


 オレはテンションが上がり、思わず自転車を立ちぎしてしまうのだった。


 ★★★


「うわー、まただ……」

 ポストを開くと、それはあった。


 さっきまで心躍っていたのに、一気に気持ちが沈む。


 嫌がらせの手紙は、終わる気配を見せない。それどころか最近エスカレートしていた。


 最初は『彼女と別れろ』だけだったのに、日を追うごとに言葉数が増えてきている。


「嫌だな。今日はなんて書いてあるんだろう」

 無視したいところだけど、内容を知らずにいるのも怖い。


 一週間前が『彼女は悪女だ。君には似合わない。今すぐ別れろ』で、一昨日が『何度忠告したらわかるの。あの女は君の害にしかならない。一刻も早く別れろ』だった。


 この手紙が入るようになってから、女装して外出するのは極力控えてるんだけど。


 あ、もしかして、あの一回かな。


 鷹峰さんから連絡をもらった日、オレは嬉しくて舞い上がった。それで無性に書店に行きたくなって。

 明くる日に早々、鷹峰書店に行ったオレは、BL小説を買いまくってしまったんだ。


 だってさ、鷹峰さんは約束通り、品揃えを当初の二倍まで増やしてくれたから、買いたい本も増えるってもんでしょ。


「見られてたのかな。怖すぎなんだけど……」


 背筋に悪寒が走る。手紙の相手は、どこからオレのことを監視しているのだろう。

 今日届いた手紙に、今までより辛辣しんらつで、誹謗中傷ひぼうちゅうしょうするような言葉が連なっていたらと思うと恐怖心が増す。


 オレは部屋に入ってから、小刻みに震える手で立ったまま封を開けた。


『バイトお疲れ様。客の男と楽しそうに話していたね。その男、大丈夫なの? 君の彼女と一緒にいるところを見たことあるよ。これはヒント。もうわかるよね、彼女と別れろ』


「え……」


 これは、数時間前の出来事だ。急いで用意したのか、今回は殴り書きのように手書きしてあった。


 オレは重い足を引きずるように、恐る恐る窓に近づく。そしてそっとカーテンの隙間から外を伺う。


 まだアパート近辺にいるかもしれない──


「はぁー、誰もいないみたいだ」


 見える範囲に人影は見受けられなかった。

 身体から力が抜け、立っていられずへなへなとその場に座り込む。


 ──何かがおかしい。


「こいつのターゲットって、オレなのか……?」

 女装姿のオレではなく。


 なんだか、ややこしいことになってない?


「もしかしなくても、ストーカーってやつだよな……」

 女装するのは、しばらく止めておこう。


「でも、どうしよう。鷹峰さんのことも知られてるなんて」


 オレの部屋に入るところを、見られていたとしたら──


 ストーカーが『彼女は悪女だ』と表現するのも頷ける。彼氏がいない間に、他の男を部屋に招き入れていると思っただろうから。


 となると、きっとこう思ってるよな。


『彼女の浮気相手とも知らないで、楽しそうに話しているなんて可哀想に』


 オレのことを救ってあげるんだ、なんて勘違いしていそうだ。

 だからって、オレにはどうすることもできないけど。


 相手の正体がわからない以上、打つ手はない。接触してこない限りは静観するだけだ。


 あれ、ちょっと待てよ……ストーカーの性別って、どっちだ?


 てっきり男だと思っていたけど、ターゲットが男のオレとなると、ストーカーは女とも男ともとれる。


 男──と思ってしまう辺り、オレの性癖のせいだけど……どっちにしても、勘弁してほしい。


「オレ、何か悪いことでもした? なんでこんな目に遭わなきゃならないんだよ」


 もう嫌だ──


 オレは一方的な相手に腹が立ってくる。


「ちょっと気分をリフレッシュしないと、やってられないよ」


 その夜、現実逃避するかのごとく、オレは心の拠り所であるBL小説を貪るように読んだ。


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