第19話 なんだか気に食わないな

 新店舗の近くにあるレストラン。

 今日も彼がいるとは限らない。にもかかわらず、私は訪れてしまった。


「彼に会えるだろうか……」

 

 そんな思いを胸にドアを開けると──


 カウベルの音に合わせて入店した私と、振り向いた彼との視線がぶつかる。


「いらっしゃいませ」


 一瞬驚いた顔をするものの、彼は愛嬌あふれる笑顔で迎えてくれた。ただ、それだけのことに胸が早鐘を打つ。


 なぜなんだ……


 客を気分よくさせる、何か特別な接客の教育でも受けているのかもしれない。


「こちらへどうぞ」


 今日は昼時ということもあり、席もほぼ埋まっていた。けれど彼が手早く席を用意してくれる。


「ありがとう」

 お礼を言い、ランチメニューを注文すると、彼はにかむように微笑んだ。


 その笑顔に、私は心がぽかぽかするような感覚を味わう。


 彼の纏う空気……馴染みがあるような気がするんだが──


 首を傾げつつ、料理が運ばれてくる間、私は小山さんから預かった企画書に目を通す。


 いい企画案だな。あとは社長の了承が得られるといいんだが。


 父は書店に思い入れがあると豪語するだけあって、何かと口出ししてくる。気にかけてくれるのは有り難いが、私に任せると言っておきながら……とも思う。


「うわっ、混んでるね」

 そんなことを考えていると、お客が一人、入店してきた。


「いらっしゃいませ、新城さん。カウンター席でもいいですか?」


 彼が対応し案内する。

 名前で呼ぶあたり、常連客なのだろう。


 いいな。私も呼ばれたいものだ。


 ──うん?


 ふと湧いた感情に、首を傾げる。


「構わないよ。いつもとは違う、理央りお君の働く姿が見られるしね」


 彼は理央君というのか。私も常連客になれば、名前を呼んでも不自然ではない?


「えー、いつもと違うってなんですか? 何も変わらないと思うけどな」

「テーブル席からだと、カウンター内での様子は見えないってことだよ」


 楽しげに談笑する姿に、苛立ちが湧いてくる。


 あの新城という男、彼に馴れ馴れしくしすぎではないのか。彼も彼だ。特定の客を特別扱いするのは、いただけないな。


 見ていられなくなり、私は視界に映らないよう目線を落とす。


 え……? 


 おかしい。なぜこんな理不尽な感情を、私は抱いているんだ。


 この暗く重たい気持ちの正体がわからず、私はしばらく悶々としてしまった。


 ★★★


 あの悶々とした日から数日後。私はあることに悩まされていた。

 それは、ある青年の笑顔が、消しても消しても浮かんでしまうという現象──


「もう一度会えば、何かわかるだろうか」


 謎が解けないということが、私には耐えがたい。

 何分私は、子どもの頃から疑問は常に調べ上げ、解決したくなる性分だった。


 きっと彼は大学生だろう。夏休み中は、日中のアルバイトもあるだろうが、授業が始まれば平日は夕方からのアルバイトになるはずだ。


 今は九月の中旬か──


 大学によって、後期のスタートは違う。さて、どうするか。


「私があのレストランに行ったのは、確か火曜日と土曜日だったな」 


 確率的にいえば、今週の土曜日に行くべきだろう。


 もう一度、彼に会いに── 


 そうすれば、私が悩まされている現象の原因がわかる。


 逸る気持ちを胸に、私は土曜日が来るのを待った。


 ★★★


 レストランに近づくにつれ、自分の気持ちがふわふわするのはなぜだろう。


 きっと、謎が解けるからだな。


 その答えは、自分でも納得できるものだった。


「あとは彼──理央君がいるかどうかだ」


 何か話しができないかと、ランチタイム終了間際を狙ってやって来た。


 望みを胸に扉を開けると、そこには彼の眩い笑顔があった。

 スポットライトでもあるのかと思うほど、彼の周りが華やいで見える。


「こちらへどうぞ」


 彼の案内でテーブルに着いた私は、威圧的にならないよう細心の注意を払い話しかける。


「また会ったね。君はアルバイトの学生さん? もしかして毎日働いているのかな」


「あ、いえ──。学生ですけど、バイトは毎日ではないです。夏休み中は週五日なんですけど、普段は週四日です」


 幾分戸惑った様子で彼は答えた。不躾な質問だっただろうか。


「すっ、すまない。他意はないんだ。気分を害したなら申し訳ない」


 焦る私に、彼は手の甲で口元を隠しくすくすと笑い出す。


「大丈夫ですよ。そんなことで気分を害したりしませんから」

 そう言って、またくすくす笑う。


 その様子を見ていると、心がくすぐられるような感情を味わう。ほんの少し言葉を交わしただけなのに。


「そ、そうか、よかった。しかし、君は頑張り屋さんだな。学業もあって、忙しいだろうに」


「まあ、無理を言って進学させてもらったので、あまり親に負担をかけたくなくて」


「なるほど、立派だな」

 そう感じたままに告げると、彼は恥ずかしそうに微笑んだ。


 これ以上、仕事の邪魔をしてはいけないな。


 私が日替わりランチを注文すると、彼は復唱し厨房へ向かった。


 理央君は、やはり学生だったな。


 頑張り屋という一面も知り、彼についてもっと知りたいという欲求が湧いてくる。


 なぜなんだ? レストランのウエイターに対してこんな──


 彼の明るく朗らかな雰囲気のせいだろうか。

 あの眩い笑顔。接客のお手本のような人だ。すべてのお客に向けられるであろう、あの笑顔……


「なんだか気に食わないな」


 考えているうちに、胸がモヤモヤしてくる。


 何がどう気に食わないのか──


 またもや私は、難問に遭遇してしまうのだった。


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