第16話 女装するの、怖くなってきたかも
『大学生の本棚とは思えないな……』
初めて鷹峰さんがオレの部屋に来たときの第一声がこれだった。
『学問の本が無いとは信じられない。しっかり勉強はしているのか?』
と軽く説教までされる始末だ。
オレの名誉のために言っておきたい。教科書、参考書はちゃんとある、本棚に並んでいないだけで。
「この前借りた本だ。ありがとう」
「どういたしまして、今日も好きなだけ選んでくださいね」
今日は、鷹峰さんの三度目のご来訪だ。
オレ流の本選びを伝授してから、鷹峰さんは自分に合った本を探し出すことに成功した。
至ってシンプルな方法なんだけどね。
その一、主人公は健気キャラか、逆境に向かっていくキャラを選ぶ。遊び人キャラはNG。
その二、現実離れしすぎている作品は
その三、イチャイチャがメインの作品は避ける。(オレの憧れシチュエーションだけど)
まあ、こんな感じ。だって鷹峰さんの場合、彼自身が主人公に共感と好感が持てることが何より重要だからね。じゃないと、こんな思考の人物は受け入れられない! とか言って、途中で読む事を止めそうだから。
こうして鷹峰さんは、気になったタイトルのあらすじを読んでは吟味し、選んだ本をオレが判定する流れができあがったというわけ。
とはいえ、刺激的なものはまだ早いだろうから、
「今日はこれで失礼するよ」
しばらく本に向き合っていた鷹峰さんが、選び終えた本を持って玄関へと向かう。
彼は決して長居はしない。用が済めば、すぐに帰る。
オレはそれが少し物足りない。もっと話がしたいし、BL小説の良さを語り合いたい。
なんて、
本当は鷹峰さんの中に、『男と付き合ってみたい』、そんな感情が湧くことを願って待っている。あわよくば、男が好きなのかも……という自覚が芽生えないかと、期待もしてたりする。
「お気をつけて。──あっ、そうだ、鷹峰さんってりんごジャム使ったりしますか? 私が作ったものなんですけど」
オレはドアノブに手をかけた鷹峰さんを引き留める。そして急いで冷蔵庫から、透明の小瓶を取り出し見せた。
瓶の中には果肉感のある、オレンジ色のりんごジャムが、七分目まで入っている。
実は先日、弟の幸太が
「御崎さんが? すごいな」
「いえいえ、普段の料理は壊滅的なんですけど、ジャムだけは得意なんです」
頂き物で作ったものの、作りすぎてしまって自分では食べ切れそうにないからと言うと、ならば頂こうと受け取ってくれた。
「あ、一つ言い忘れていたことがあるんです」
今度こそ帰ろうと背を向けた彼を、オレは再び呼び止める。
「何かな」
「くれぐれも急に、『近くまで来たから今から行く』はNGですよ。前日までならOKです。頭に入れておいてくださいね」
オレの言葉を不信に思うことなく、了解したと頷き本当に今度こそ帰っていった。
「やっぱり念押しは必要だよな。いつも女装してるわけじゃないし」
洗濯物だって干してある。ボクサーパンツなんて見られたら大変だ。
今日も大丈夫だったよな。片付け忘れ、なかったと思うんだけど。
とはいえ、鷹峰さんが不躾に、部屋中をじろじろと見たりはしないけど。
それよりも──
オレの視線が、ある一点で止まる。
机の端に置いてある、郵便物やチラシに混ざる茶封筒。
最近アパートのポストに、直接入れられたであろう物が届くようになっていた。
「また同じことが書いてあるのかな……」
宛名は御崎理央様と、プリントしたものが貼られている。間違って投函されたわけではない。
それが不気味で、背筋に悪寒が走る。
一応封を開けてみるか……嫌だけど。
『彼女と別れろ』
これで五通目。用紙の中央に一文だけ、それはあった。パソコンで打ち出したものだ。
「誰なんだよ。わざわざ文字を拡大してまでこんなもの用意してさ」
この手紙の主は、何か勘違いしている。
だってオレには、彼女なんていないんだから。
じゃあ、嫌がらせってこと?
憂鬱になるオレの気持ちに合わせるかのように、外も薄暗くなってくる。
何気に窓の外に目を向けと、ふと窓に写る自分の姿を見つける。
「彼女って、女装姿のオレのことだったりして……」
考えてみると、鷹峰さんと出会ってから頻繁に女装していた。
それに自分で言うのもなんだけど、どんどん女装に磨きがかかって綺麗になってると思う。
そうなると、女装姿のオレを好きになったってこと?
男のオレを彼氏と思って、別れさせようとしているのだろうか。
「そんなことって──あり得るのかな」
なんだか……女装するの、怖くなってきたかも。
でも、女装しないと鷹峰さんに会えないし。
どうしたらいいのかわからず、オレは力なくベッドに座り項垂れた。
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