第15話 あぁ驚いた

 馴染みになりつつある、鷹峰書店。

 その事務所の一室で、こうして鷹峰さんと向かい合って座るのは、いつぶりだろう。


「今日は元気がないようだが、どうかしたのか?」


「えっ、どうもしませんよ。遅くまで本を読んでいたから、ちょっと寝不足なだけです」


 びっくりした。まさか、気づかれるなんて。これも恋人の影響なのかな……


 それともオレが、あからさまに暗い顔をしていた? 務めて笑顔を見せていたつもりだったのに。


「御崎さんは、いつも寝不足のような気がするな」

「そうですか? 大抵は鷹峰さん絡みだったような気もしますけど」


 澄ました顔で、とぼけてみせる。


「大抵は言いすぎでは? 私など、一割にも満たないだろう。九割は君の読書が原因だと思うが?」


 鷹峰さんも、やれやれといった感じで返してくる。こんなふうに、冗談を言い合えるほど、親しくなれたことに嬉しくなる。


 でも、これから受ける恋愛相談のことを思うと切ないよ。


「ところで相談ってなんですか?」

 オレは自分から水を向ける。


「実はその……ちょっと言いにくいんだが──」


 鷹峰さんは躊躇ためらい、言葉を詰まらせる。


 そりゃそうだよな。あれだけ恋愛に興味がないって豪語ごうごしてたんだから、今さら恋をしたなんて、体裁悪いよね。


 早くも夢見る時間が終わるのかと、オレは唇を噛みしめ続く言葉を待つ。


「自分に合った恋愛小説を選ぶには、どうしたらいいんだろうか」

「へ……」


 予想の遙か斜め上を行く言葉に、オレはポカンと口を開け、鷹峰さんを凝視してしまう。


「実はあれから、何度か自分で選んだ恋愛小説を読んでみたんだが、最後まで読めなかった。途中で飽きて止めてしまうんだ」


 えー⁉ 待って待って、鷹峰さんが自分でBL小説を買ったの!


「よっ、よく買えましたね。恥ずっ──かしくなかったですか?」


 ギャー、動揺して声が裏返っちゃったよ。


「なぜ恥ずかしいんだ? 特に何も感じなかったが」


 なんだってー⁉ はがねの心臓か!


「そ、そうですか。ちなみにタイトルは?」


「タイトル……何だったかな。書店の店長お薦めコーナーで一位のものを選んだ」


 あ、あれ? BL小説じゃないかも。あぁ驚いた。この外見でBL小説買うとか、あらぬ妄想を腐女子に与えるぞ!


「それは、自分で選んだとは言いませんよ」

「ベスト三からちゃんと選んだ」

「いやいや、あーもう。口で説明するのは難しいです」


 こうなったら実践あるのみ。


 そして気づいて! あなたはきっと、BL小説じゃないとときめかないんだって。

 これはオレの願望だけど。


「私がどうやって、鷹峰さんに合いそうな本を選んでいるか、教えて差し上げます!」


 そして実際に、選んで見せてくれれば合否判定できると提案してみる。


「しかし、あのコーナーで男の私と一緒に選ぶのは、恥ずかしいのではないか?」


 う、確かに……


 端から見れば、ただの変態カップルだ。困った。非常に困った。


 こうなったら、もう選択肢は一つしかない。周りを気にせず、時間も気にせずいられる場所。そんな場所は、あそこしかない。


「私の部屋の本棚には、千冊近い恋愛小説が並んでいます。そこでレクチャーする、というのはどうでしょう」


「それは有難いが、いいのか? 男の私が行っても」

「下心があるならお断りします」


 オレがきっぱり言うと、鷹峰さんはふっと笑うものの、ビシッと言い返してくる。


「あなたは面白い人だな。だが、その心配は無用だ。御崎さんにそういった感情は持ってないよ。良き友人と言っただろう?」


「そうでした。なら安心です」


 そんなにハッキリ言うか? 鷹峰さんのバカヤロー。まさかここで失恋確定とか、酷だと思うんだけど!


 もう……今日は鷹峰さんに驚かされてばっかりだよ。


 もちろんわかってはいたよ。でもさ、もう少し夢見ていたかったんだよ、オレは。


 でもまあ、鷹峰さんに恋人ができたわけじゃないから、とりあえずよしということで。


「それでは、私のアパートの場所、教えますね」


 スマホで地図を出そうとすると、車で送りがてら教えてもらえると助かると言われる。


 多分、オレを気遣ってくれてるんだと思う。きっと鷹峰さんは、このあと書店で仕事をするはずだから。


 今までの待ち合わせは午後だった。それが今日は午前中。


 オレを送った後、また引き返すんだろうけど──


「わかりました。送ってもらえて、私も助かります」


 アパートを教えるのだから、好意を無下にする理由はもうない。


 話も終わったところで、連れだって駐車場に向う。


「ちょっと待っていてくれるか」


 鷹峰さんは書店の自動ドア付近で待つようにオレに言った。そして車のエンジンをかけてくると言い置き外に出た。


 もしかして、車内が熱いから?


 鷹峰さんって、こういう気遣いがさりげなくできるんだな。


 堅物と優しさは別物なんだとオレは感心する。ちょっと偏った認識だったのかもしれない。


 堅物は厳しいことしか言わない……みたいな?


 そして五分くらい経ったころ、鷹峰さんに手招きされ車に乗り込んだ。


 うわ~、乗り心地いいな。それに広いし。


 シートは革張りで、本革なのかブラウンカラーだ。座った感じは、硬すぎずやわらかすぎずで、背を預けるとフィット感が半端ない。


「車道に出て、左に行ってください」

 オレが道案内を始めると、車が静かに走り出す。


「それで、いつ本を選びに来ますか?」


 オレにはいろいろと準備が必要だから、急に来られても困る。


「そうだな。御崎さんの都合がよければ、今日の夕方にでも寄らせてもらえると助かる」


「いいですよ。あっ、次の信号を左です。そのまま突き当たりまで行ってもらって、三叉路を右に曲がったらアパートが見えます」


 二階建ての、昭和チックなアパートだ。


 はっきり言うと、古いってことだけどね。その分、家賃が安い!


「ありがとうございました。ここの二〇一号室です」

「わかった。では行く前に連絡を入れるよ」


 また後でと挨拶を交わし、オレは走り去る車を笑顔で見送った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る