第14話 あぁ──そういうこと

「理央君、今日は面白い話を仕入れて来たよ」


 店に入って来るなり、新城しんじょうさんが立ち働くオレを呼び止め声をかけてきた。


「面白い話ですか? なんだろう。とりあえず座ってください」


 いつもの席に案内した後、水とおしぼりの準備をして再び新城さんの元へ行く。


「どうぞ」

「ありがとう。今、忙しい? 話しても大丈夫?」


 バイト中のオレを気遣ってくれたんだろうけど……

 その割に、早く話したいオーラが出てる気がする。


「理央君、新城さんがいいなら、同席させてもらって賄い済ませる? もうランチタイムも落ち着いてるし大丈夫だよ」


 会話を聞いていたのか、マスターがそう声をかけてくれる。


「僕なら構わないよ」

「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」


 新城さんの注文を受け、厨房にオーダーを通してから、料理ができあがった頃合いにオレはエプロンを外した。


「お待たせしました。なんですか? 面白い話って」


 賄いのチキンライスを片手に、新城さんの向かい側の椅子に手をかける。


「来るなりそれかい?」


 ハンバーグを切り分けながら、呆れたように返される。


「え~、新城さんのせいですよ。気になって仕方なかったんですからね。それで? 面白い話! 早く教えてくださいよ」


 席に着いたオレは、鷹峰さん情報かもしれないと、半ば食いつきぎみだ。

 そんなオレに、新城さんはやれやれと肩を上げつつも、にこりと笑う。


「この前、御曹司の話をしただろ。実は今、本社で噂になっていることがあるんだよ」


「確か、真面目で女の人に興味ないとか言ってましたよね」


「そう。その真面目さんが、とうとう恋に落ちたらしいんだ」


「えっ──、デマとかじゃなくて?」


「秘書課の子が本人から、恋愛に関すること聞かれたっていうから、間違いないと思うよ」


「そ、そうなんですか。恋人できたならよかったですね」


 そっか──とうとう、恋に目覚めたんだね、鷹峰さん……

 昨日、オレにもチャンスがあるかも、なんてとんだ勘違いだったな。オレと同じかもって思って、ごめんなさい。


 切っ掛けになれるなら──そう自分で言っておきながら、現実になると胸が苦しい。


 オレはどうにか笑顔で答えたつもりだけど、ちゃんと笑えているかな。


「それがさ、社長に反対されてるみたいなんだ。社長室に呼ばれて、口論になったらしいよ」


「え……真面目な人なんですよね?」


 あの鷹峰さんが、反対されるような人を選ぶとは、オレには思えない。


「恋すると、人って変わるもんだからさ。現に社長室から出て来たとき、怖い顔して『大きなお世話だ。ほっといてくれ』って吐き捨てたところを見た社員もいたらしいから」


「それは……。あの、社長に反対されるなんて、相手の人、何か問題でもあるんですか?」


「さあ、それはわからないけど。でも、最近の御曹司、雰囲気やわらかくなったって評判らしいから、きっと恋人の影響じゃないかな。それに定時で帰る日もあるとか。絶対デート──」


 遠くから何か声が聞こえる。

 だけど、内容が頭に入ってこず、風のように、素通りしていった── 


 ★★★


 あれから、新城さんと何をどう話したのか覚えていない。思い出せるのは、自分が俯きとぼとぼと歩いてアパートに帰ってきたことくらいだ。 


 自転車で風切って走る気分じゃなかったから……


 今も夕陽がわずかに差し込む部屋で、電気もつけずにベッドに身を投げ出している。

 

 そういえば、鷹峰さんは相談したいことがあると言っていた。


 あぁ──そういうこと。


 鷹峰さん恋愛経験値低いから、オレに相談したいんだね。


 まさか、好きな人の恋愛相談を受ける日が来ようとは──


 オレ、笑顔でアドバイスできるのかな。自信ないんだけど。


 でも、明日までに気持ちを立て直さないと。


 オレはのっそりとベッドから身を起こした。


 恋愛の楽しさを知った彼の前で、暗い顔は見せられない。

 オレにはまだ、良き友人のポジションがあるんだから──

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