第12話 男だってバレたら、どうなるんだろう

 純粋に恋愛小説を楽しめないなんて、気の毒すぎる。


「お任せください! 私が鷹峰たかみねさん好みの本を、お貸しします!」


 胸を張って断言すると、「それはBL小説限定なのか……?」と呟く彼が可笑しくて、オレは吹き出しそうになるのを必死に我慢する。


「もちろんです! それ以外の恋愛小説は持っていませんから」


 腕を組んで頷いてみせると、鷹峰さんの表情がふっと和らぐ。


「それもそうか。御崎さんのBL小説への熱量を思えば、納得だな。では、よろしく頼みたい。私は──今の自分を、変えたいのかもしれないな」


「きっかけになるなら、喜んで頼まれます」

「ありがとう。連絡をくれれば、私が受け取りに来よう」


 なんだかお悩み相談されたって感じだ。

 話が纏まったところで、そろそろ帰ると告げる。


「アパートまで送りたいが、御崎さんは住まいを知られたくないんだろう?」


 うっ、気づかれてる。


「まあ一応。女の子ですから」


 というか普段の姿を見られたら、女装趣味のある変わった子だと思われるし。


「心配しなくても、押し入ったりはしないんだが。なんというか……御崎さんは良き友人といった感じだ」


 女性の友人など、彼からすれば非情に稀有けうな事なんだと言われる。


 それって……中身が男なことを、本能でぎ取ってるとか? だとしたら、すごい特技だけど。


「それはそれで傷付くような……」

 女と思われてないのかと、肩を落としてみる。


「そういうわけでは……。安心させたかっただけなんだが、申し訳ない」


 あっ、鷹峰さんの弱り顔。可愛い。


「ふふ、許してあげますから、書店のBLコーナーのほう、よろしくお願いしますね」

「了解した」


 短い返事とともに、鷹峰さんがふっと口元を綻ばせた。


 う、かっこよすぎて眩しい──


「ところで、今日は雰囲気が違うが、これから出かける用事でも?」


 気づいてくれてたんだ!


 全然触れてくれないから、そういったことに疎いのかと思っていた。


「どっちの格好が似合ってます?」

 聞かなくてもいいことを、口にしてしまった。


 鷹峰さんがお世辞なんて、言うはずないよね。


「どっちとは、初めて会ったときのことか? 私的には、どちらでも御崎さんは御崎さんだ。まあ、今日の服は、健康そうに見えるが」


 あぁ……やっぱり。あの地味系オタク女子姿風は、陰キャに見えてたってことだね。鷹峰さんは陰キャなんて言葉、知らなそうだけど。


「あ、あの姿は、わざとなんです! 目立たないようにするための。だから、今の私が、の私なんです」


 嘘をついてしまった。本当の姿は男なのに。


「本、選んだら連絡しますね」

 後ろめたい気持ちが膨れ上がり、オレは椅子から立ち上がる。


「ああ、何かのついでの便があるときでいいから、ここの店長に預けておいてもらえると助かる。話は通しておくから」


 鷹峰さんは基本的に本社で仕事をしていて、毎日ここに来ているわけではないそうだ。


 それもそうか。常務という役職なんだし、いろいろ忙しいよね。


「はい、わかりました。では私はこれで失礼します」

「わざわざ足を運んでもらってすまない」


 鷹峰さんも立ち上がり、外まで見送りにと言われた。でもそこは丁重に断った。本を見て帰るからと。

 すると、暗くなる前に帰るようにと言われてしまう。


 もう、子どもじゃないんだけどな。


 そう思うものの、鷹峰さんに心配してもらえるのは、くすぐったいような嬉しさがあった。


 結局あの後、オレが書店を出たのは午後五時。一時間近く本を物色してしまった。


 うん、まだ外はしっかり明るいぞ。


 夕陽が煌々と燃えていた。


 子どもじゃないと言いながらも、鷹峰さんに言われたことを、守ろうとしている自分が可笑おかしい。


 だって、オレのことを気にかけてくれてるんだよ?


 うわ~、あっついな~。オレの胸も、熱いけど。


 まだ鷹峰さんと繋がっていられる。


「次はどんな本にしようかな」

 アパートに続く道すがら考える。


 恋愛したいと思ってもらえたら嬉しい。その恋する相手が自分でなかったとしても。


 そう思う傍ら、オレだったらいいのに……そんな願望を捨てきれないのも事実だ。


 男だってバレたら、どうなるんだろう。


 騙したって、怒るかな、鷹峰さん。

 でも、女装してただけで、騙したとは違う気もする。女の姿で誘惑したわけじゃないし、女といつわって彼と恋人として付き合ってるわけでもない。


 とはいえ、バレたくはない。変わった子と思われて、会ってもらえなくなるのは嫌だ。


 だって鷹峰さんって、男はこうあらねば、なんて持論がありそうだから。


「はぁー、オレって、都合のいいことばっかり考えてるな」


 嬉しい展開のはずなのに、オレの足取りは重かった。

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