第8話 手強い人を相手にしちゃったな

 いよいよ決戦の日が来た。


 最後の最後まで悩んだ末、オレが選んだ飛び切りの一冊は、『いばらの公爵と森の花嫁』というタイトルの本。


 一度は決めていた本があったけど、再度吟味した結果、この本に決めた。


 なぜかというと、昨日バイト先のレストランに、鷹峰たかみねさんの新情報という手土産を持って新城しんじょうさんが来たからだ。


 その内容は、オレの度肝どぎもを抜くものだったけど……


「勉強の邪魔をされたくない、か──」


 新城さんによると、鷹峰さんは子どものころから勉強好きで、女の子と遊んだりすることもなかったらしい。

 それは中学高校と続き、大学に至ってはダサ眼鏡をかけてまで、女の子に言い寄られないようにするほどの徹底ぶりだったとか。


 オレなんて、中高のころといえば、恋がしたい! って悶々としてたのにな。まあ、今もだけどさ。


 どれだけ勉強が好きなんだよ! って感じだけど、それよりも『どれだけ恋愛に興味ないんだよ!』というほうが、オレとしては問題かもしれない。


「手強い人を相手にしちゃったな、オレ」


 この情報を元に、甘い溺愛系はやめて、現代ものより古風な年代のものを選択したオレは、果たしてこのBL小説を賭けた戦いに勝利できるだろうか。


 真面目な鷹峰さんには、この本ならいけると思うんだけどな。

 オレなんて、公爵のためにひたむきに仕える青年の姿に、何度もうるうるしちゃったし。


 ちなみに、ストーリーはこんな感じ。


 主人公は、勤勉で仕事にも誠心誠意努める青年。もう一人の主人公は、心に闇を抱えながらも、課せられた重責に堪えながら使命を果たそうとする公爵なんだけど、この公爵が真面目でさ。ちょっと鷹峰さんっぽいかもって、思ったりした。


 簡単に言うと、献身的に尽くす青年と、人間不信から冷たくあしらう公爵とのラブロマンスなんだ。


 それと、恋愛経験値がゼロに近そうな鷹峰さんに合わせて、エッチなシーンは控えめだから、「ふしだらだ!」なんてことにはならないはず。


「よし、いざ出陣!」


 気合いを入れるために、今日は唇をローズピンクで彩ってみた。髪型もお下げにはせずに、毛先をヘアアイロンで巻いている。


 変なの、オレ。道具を揃えてまで、メイクなんてしちゃってさ。鷹峰さんに可愛く思われたいのかな……


 ふと湧いた感情に、スニーカーに片足を入れたまま動きが止まる。


 おしゃれして、どうするつもり?


 本来のオレは、男だろう? 


 可愛いなんて、思われる必要ないんだから、地味系オタク女子のままでいいじゃないか。


 オレは自問自答してみる。


「もー、ダメって言ってるだろ。今日は決戦の日なんだから」


 オレは頭をブンブン左右に振って、余計な考えを追い出す。

 そして急いで履きかけたスニーカーに足を突っ込み、部屋を出た。


 ★★★


「すみません、鷹峰さんいらっしゃいますか?」


 書店に着いたオレは、レジカウンターにいる店員さんに声をかける。前に鷹峰さんと話をしていた男の人だ。

 ネームプレートには、店長と小山の文字が書いてある。


「こんにちは。いらしてますよ、こちらへどうぞ」


 店長さんの案内で、オレは従業員専用出入り口のドアを潜る。


 うわぁー、書店のバックヤードって、こんなふうになってるんだ。前に通ったときは、周りを見る余裕なんてなかったもんな。


 コロつきの台車に、本が入ったコンテナがいくつも積まれていた。端末片手に読み込みをしながら、箱詰めしている人の姿もあった。


 物珍しさから視線を巡らせながら歩いていると、迎えに出て来たのか、鷹峰さんの姿が前方に見えてくる。


「こんにちは、お待たせしました」

「いや、わざわざ来てもらってすまない」


 鷹峰さんに「あとは大丈夫だ」と声をかけられた店長さんは、会釈で答え店内に戻って行った。


「どうぞ、掛けてくれ」

 前回と同じ事務所の個室に通されたオレは、椅子を勧められ腰掛ける。


「何か飲まないか?」

「いえ、結構です」


 鷹峰さんの気遣いはありがたかったけど、勝負を挑むオレとしては、早く戦闘開始の狼煙のろしを上げたい。


「鷹峰さんにお薦めする本は、これです!」


 彼が椅子に落ち着いたところで、オレはリュックから本を取り出した。


「読ませていただくよ。多少の知識として、下調べするべきかとも思ったんだが──。余計な先入観を持つのはフェアに反する」


 かっ!


 わかってはいたけど、突っ込まずにはいられない。


「公平な判断をしてくださると信じています」

「もちろんそのつもりだ。読み終えたら連絡するよ」


 鷹峰さんは、至極真剣な表情で頷いた。


「はい、なるべく早くお願いします。どう思われたか気になって、寝不足になりそうだから」


 オレとしては、半分冗談だったんだけど……


「それは大変だ。今日中……は約束できないが、明日までには読めると思うが」

「ははは……ありがとうございます」


 乾いた声が出てしまう。それに左頬が、わずかに引きつっているような気もした。


 そこまで真面目に答えてくれなくても、よかったんだけどな。

 鷹峰さんには、無闇に冗談を言わないでおこう。


「では、私はこれで失礼します。この後、大好きなを見に行くので邪魔しないでくださいね!」


 鷹峰さんに連行されたせいで、ゆっくり見ることができなかった件を引き合いに出しながら、椅子から立ち上がる。


「それを言われると、面目ない」


 うわ〜、眉尻下げてる! イケメンが弱り顔すると、可愛く見えるんだな。


「ふふっ、ちょっと揶揄からかっただけですよ」


 オレが笑顔を向けると、鷹峰さんは「参ったな」と少しだけ笑った。

 その照れたような笑みに、胸がドクンと脈打つ。


「あっあの、もう行きます」

 オレは慌ててその場を立ち去る。


 あの笑顔は反則だよ。強敵すぎる……


 火照る顔を手で扇ぎながら、オレは顔を俯け売り場まで歩いた。


***


作者より……作中に出てくる「棘の公爵と森の花嫁」というタイトルですが、これは自身が以前に書いた作品のタイトルです。

      

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