第6話 もー、なんなんだよ、この人

「うーん、何を読んでもらえばいいかな……」


 提案という名の挑戦を受けたまではよかったけど、オレはさっきから本棚の前で唸ってばかりいた。


 間に合うかな……


 期日は一週間後、鷹峰書店で本を渡す約束になっている。その日までに、オレは彼を唸らせることができる本を選び出さなければならないわけだけど。


「あー、もうやめた! うだうだ考えても思いつかないよ。とりあえず、あの人の好みを知ることから始めよう」


 敵を攻略するには、情報収集が鍵になりそうだ。


 鷹峰さんって、どんな人なのかな。


「まあ、真面目な人っていうのは確実なんだけど」


 というのも、鷹峰書店から帰ろうとしたとき、こんなやり取りがあったんだ。


『もう外は暗いが、御崎みさきさんはどうやって帰るんだ?』

『え、歩いて帰りますけど……』

『歩いて──時間的には?』

『えっと、二十分くらいかな』


 男の自分なら、大股で歩けばもっと早くアパートに帰り着くけど、今はスカートだ。


『私に送らせてほしい。こんな時間まで引き留めたんだ。女性を夜遅く、一人で帰すわけにはいかない』


『いえ、大丈夫ですよ。遅いっていっても、まだ八時にもなっていませんから、遅いうちに入りませんよ』


 そう言ってオレが断ると、鷹峰さんは『今どきの女性はそうなのか?』と困惑顔をした。合わせて、『今どきだからこそ、危険も多いと危惧きぐしている』と心配顔もされたけど。


 鷹峰さんを安心させるために、帰宅したら連絡を入れるとつい言ってしまった。

 

 お陰で連絡先を交換するはめになっちゃったよ。まあ、嬉しいような気もするけど……


「安堵した、の一言だけとか、仰天ぎょうてんものだよ」


 でも、オレからの連絡があるまで、ずっと気がかりだったんだろうな。 


 本当に真面目な人。そして誠実な人。


 鷹峰さんの顔を思い浮かべただけで、自分の口元が綻んでいることに気づく。おまけに胸が、ドクンと高鳴るのを感じた──


「ダメだぞ、今は勝負に勝つことだけを考えないと」


 これは恋の予感なんかじゃない。勝負に向けて、闘争心が奮い立っているだけ。

 そう自分に言い聞かせる。

 

 よし、やるか。


 オレは早々に、スマホ片手にネット検索を始める。

 鷹峰グループの御曹司なら、名前を入れれば何かしらの情報が出てきそうだ。


「おっ、出た!」

 オレはスクロールしながら必要な情報を探す。


「どの記事も、経営手腕が素晴らしいとか努力家とかだな……」


 恋愛に関しての欲しい情報が、なかなか出てこない。


 もー、なんなんだよ、この人。浮いた話しはないのか!


 そんなことを思いながら、次から次へとスクロールしては開くオレの目に、衝撃の記事が飛び込んでくる。


 それによると『モデルAさんからのアプローチに「私には不要です」と袖にした』とか、『美人社長令嬢とのお見合いの日、気乗りしなくてドタキャン!』など、女性を寄せ付けないというようなことが書かれていた。


 他にも『女性に興味がないのは、彼がゲイだからですよ』と彼をよく知るIさんの証言。酷いものになると、『若いころ、遊びすぎて女に飽きた』というものもあった。


「そもそもIさんって誰だよ! はぁー、やっぱりゴシップ記事っぽいよな……」


 真面目な人であることは、オレが身を持って実感した。学生の自分に、申し訳なかったと頭を下げ、許しを乞うような人が、遊びすぎて女に飽きただなんてこと、あるはずない。


「でも、もし本当にゲイだったら……」


 いや、それはないか。だって、男同士の恋愛に、全く関心なさそうだったし。


 困ったな、ネットの記事は当てにできそうにないや。それこそ、彼をよく知るIさんに会って聞きたいくらいだよ。本当にいれば、だけど。


「とりあえず、仕事熱心で真面目な鷹峰さんに合いそうな、純粋で頑張り屋の主人公ものをピックアップしてみようかな」


 そう思うものの、なんだか眠くなってくる。


 今日は濃い出来事があったもんな~。


 気力を根こそぎ持って行かれたといっても、大袈裟じゃないと思う。


「明日は一時限目から講義だし、もう寝よう」


 時計の針が日付をまたぐ前に、オレはベッドに潜り込んだ。



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