第5話 読んだこと、あるんですか?
なんでオレ、イケメン最低ヤローとテーブルに向かい合って座ってるんだろう。
無言で真剣な顔してさ。おまけに眼力半端ないし……
はぁ、どうしてこんなことになったのかな。
──
「ちょっと! なんなんですか、その上から目線。
怒りをぶつけたオレに、振り返ったイケメン最低ヤローは開口一番こう言った。
「あなたの言いたいことは、分かっている」
えっ……分かっているって、本当に?
「その件について、じっくり話したいと思っていた」
そう言って、オレに近づいて来る。
「は……?」
その件って何? じっくりって、どういうこと? ちょっと怖いんですけど! 新手のナンパかっ。
心中疑問符でいっぱいのオレは、イケメン最低ヤローの勢いに気圧され一歩後ろへ下がる。
「ここではなんだから、行こうか」
いや、いや、いや。行くってどこにっ!
──となって、連れて行かれた先は、鷹峰書店の事務所だったというわけで。
そろそろ用件を話してくれないかな。居心地悪いんだけど。
オレがそう思ったときだった。
「まずは、謝罪をさせてほしい」
やっと喋ったと思ったら……
あ、謝罪って、もしかしてオレに腐女子って言ったこと?
「ふ~ん、私に悪い事した自覚があるんですね。どんなふうに悪いと思ったんですか?」
あのときの腹立たしさが再燃したオレは、裏声を
「あなたに腐女子と言ってしまって、申し訳なかった。あの時の私は、腐女子の心理について理解が足りなかった。本当にすまなかった」
あれ……そんなに
自分が思うほど、悪い人じゃないのかもしれない。
深く頭を下げる男を前に、オレは意地悪を言ってしまったことを後悔した。
「あ、あの、もう頭を上げてください。私のほうこそ嫌な言い方して、ごめんなさい」
「では、許してくれるのか?」
頭を上げた彼は、幾分表情の堅さが取れたように見えた。
そうか、怖い顔して威圧してるのかと思ったけど、緊張してただけだったのかも。
「はい、もう怒っていませんよ。それより、あなたのお名前、伺ってもいいですか? 私は
少し品のある口調を心がけてみる。
「私としたことが……名も名乗らず失礼した。さぞや怪しく思われたでしょう」
男は『
鷹峰? 確かこの書店、鷹峰書店だったよな。
「あの、ひょっとして、この書店の?」
「ああ、私が手がけている」
ってことは、もしかして御曹司なんじゃ──⁉
「まさか鷹峰書店の経営者が、こんなに若い方だとは……驚きました」
オレの中のイケメン最低ヤローは、この日、真面目なイケメン、鷹峰さんに昇格した。しかも、オプションは鷹峰グループ御曹司!
これって、恋の予感しかなくない?
「ちなみに、今日はどんな本を求めて、鷹峰書店に来てくれたのだろうか」
今後の参考にしたいからと問われる。
「もちろんBL小説です!」
もう腐女子だって知られてるんだし、隠すこともないよね。
オレはBL小説の愛読者で、毎日のように読んでいると教えた。きっと生き生きとした目で語っていたと思う。
「それなのに、ここは品揃えが少なくて、がっかりしました」
「それは申し訳ない。だが、今後も拡大するつもりはないんだ」
鷹峰さんは、そうきっぱり言う。
「どうしてですか」
「私は低迷する書店経営を立て直さなければならない。売り上げ重視にならざるを得ないんだ。欲しい本があるなら、取り寄せることで対応させてもらうが」
それで問題ないだろう? とでも言いたげだ。
「そうじゃなくて、たくさんある中から選ぶのが楽しいんです! 書店には、始めから買う本を決めて行く人。面白そうな本ないかなって探しに行く人。暇つぶしの人。いろんな人がいるけど、私は断然探しに行く派です! 自分好みの本を見つけたときは、嬉しくてテンション上がるんです。本当に、書店で出会えた本がたくさんあって……私は、書店が大好きなんです!」
本に励まされたことだって、たくさんあった。
熱弁をふるうオレに、鷹峰さんは理解しがたいのか困惑顔をする。
「それは有りがたいんだが……男同士の恋愛が、そんなに読みたいものなのか? 一般的な恋愛小説なら、多数取り揃えてあると思うんだが」
それじゃダメなんだよ。オレにとっては、男同士の恋愛が、自分にとっての普通なんだから。
「いいえ! BL小説がいいんです!」
引かないオレに、鷹峰さんは呆れたようにため息を漏らした。
「面白いとも思えないが……」
この一言は、オレの纏う空気を冷え冷えとさせるに十分だった。
「読んだこと、あるんですか?」
声のトーンも、少し下がる。
「いや、恋愛小説自体、読まないな」
「へー、よく知りもしないで、数字だけで判断するってことですか。まるで無能で傲慢、我儘社長息子みたいな仕事ですね!」
オレの言葉に、鷹峰さんは眉間に皺を寄せた。
「私が読むのは、経営に関する本や哲学書、学問全般。無能呼ばわりされたくない」
睨み合った二人の間で、見えない火花が散る。
しばらく睨み合ってはみたものの、引き際が掴めなくて、オレはケンカを売ったことを後悔し始める。
そんなときだった。
「一つ提案がある」
一度目を閉じ、鷹峰さんが視線を外した。お陰で強ばっていた身体から、力が抜ける。
やっぱり大人は違うな。オレって、まだまだ子どもだ。
「なんですか?」
オレも務めてやわらかな口調で返す。
「あなたが進めるBL小説を、一冊だけ読んでみよう。私が面白いと感じるものだったら、あのコーナーをもう少し充実させると約束しよう」
その申し出は、オレにとって願ってもないことだった。
「はい! 分かりました。鷹峰さんを納得させることができる、飛び切りの一冊をお持ちします。楽しみに待っていてくださいね!」
オレは鷹峰さんからの挑戦を受けて立つのだった。
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