第5話 読んだこと、あるんですか?

 なんでオレ、イケメン最低ヤローとテーブルに向かい合って座ってるんだろう。


 無言で真剣な顔してさ。おまけに眼力半端ないし……


 はぁ、どうしてこんなことになったのかな。


 ──さかのぼること十数分前。


「ちょっと! なんなんですか、その上から目線。侮辱ぶじょくしないでほしいんですけど‼」


 怒りをぶつけたオレに、振り返ったイケメン最低ヤローは開口一番こう言った。


「あなたの言いたいことは、分かっている」


 えっ……分かっているって、本当に?


「その件について、じっくり話したいと思っていた」


 そう言って、オレに近づいて来る。


「は……?」


 その件って何? じっくりって、どういうこと? ちょっと怖いんですけど! 新手のナンパかっ。


 心中疑問符でいっぱいのオレは、イケメン最低ヤローの勢いに気圧され一歩後ろへ下がる。


「ここではなんだから、行こうか」


 いや、いや、いや。行くってどこにっ!


 ──となって、連れて行かれた先は、鷹峰書店の事務所だったというわけで。


 そろそろ用件を話してくれないかな。居心地悪いんだけど。


 オレがそう思ったときだった。


「まずは、謝罪をさせてほしい」


 やっと喋ったと思ったら……


 あ、謝罪って、もしかしてオレに腐女子って言ったこと?


「ふ~ん、私に悪い事した自覚があるんですね。どんなふうに悪いと思ったんですか?」


 あのときの腹立たしさが再燃したオレは、裏声を駆使くしして嫌みったらしく感情をぶつける。


「あなたに腐女子と言ってしまって、申し訳なかった。あの時の私は、腐女子の心理について理解が足りなかった。本当にすまなかった」


 あれ……そんなにいさぎよく謝られたら、オレ──

 

 自分が思うほど、悪い人じゃないのかもしれない。


 深く頭を下げる男を前に、オレは意地悪を言ってしまったことを後悔した。


「あ、あの、もう頭を上げてください。私のほうこそ嫌な言い方して、ごめんなさい」


「では、許してくれるのか?」


 頭を上げた彼は、幾分表情の堅さが取れたように見えた。


 そうか、怖い顔して威圧してるのかと思ったけど、緊張してただけだったのかも。


「はい、もう怒っていませんよ。それより、あなたのお名前、伺ってもいいですか? 私は御崎みさきと申します」


 少し品のある口調を心がけてみる。


「私としたことが……名も名乗らず失礼した。さぞや怪しく思われたでしょう」


 男は『鷹峰恭一郞たかみねきょういちろう』と名乗った。


 ? 確かこの書店、鷹峰書店だったよな。


「あの、ひょっとして、この書店の?」

「ああ、私が手がけている」


 ってことは、もしかしてなんじゃ──⁉


「まさか鷹峰書店の経営者が、こんなに若い方だとは……驚きました」


 オレの中のイケメン最低ヤローは、この日、真面目なイケメン、鷹峰さんに昇格した。しかも、オプションは鷹峰グループ御曹司!


 これって、恋の予感しかなくない?


「ちなみに、今日はどんな本を求めて、鷹峰書店に来てくれたのだろうか」


 今後の参考にしたいからと問われる。


「もちろんです!」


 もう腐女子だって知られてるんだし、隠すこともないよね。


 オレはBL小説の愛読者で、毎日のように読んでいると教えた。きっと生き生きとした目で語っていたと思う。


「それなのに、ここは品揃えが少なくて、がっかりしました」

「それは申し訳ない。だが、今後も拡大するつもりはないんだ」


 鷹峰さんは、そうきっぱり言う。


「どうしてですか」

「私は低迷する書店経営を立て直さなければならない。売り上げ重視にならざるを得ないんだ。欲しい本があるなら、取り寄せることで対応させてもらうが」


 それで問題ないだろう? とでも言いたげだ。


「そうじゃなくて、たくさんある中から選ぶのが楽しいんです! 書店には、始めから買う本を決めて行く人。面白そうな本ないかなって探しに行く人。暇つぶしの人。いろんな人がいるけど、私は断然探しに行く派です! 自分好みの本を見つけたときは、嬉しくてテンション上がるんです。本当に、書店で出会えた本がたくさんあって……私は、書店が大好きなんです!」


 本に励まされたことだって、たくさんあった。


 熱弁をふるうオレに、鷹峰さんは理解しがたいのか困惑顔をする。


「それは有りがたいんだが……男同士の恋愛が、そんなに読みたいものなのか? 一般的な恋愛小説なら、多数取り揃えてあると思うんだが」


 それじゃダメなんだよ。オレにとっては、男同士の恋愛が、自分にとっての普通なんだから。


「いいえ! がいいんです!」


 引かないオレに、鷹峰さんは呆れたようにため息を漏らした。


「面白いとも思えないが……」


 この一言は、オレの纏う空気を冷え冷えとさせるに十分だった。


「読んだこと、あるんですか?」

 声のトーンも、少し下がる。


「いや、恋愛小説自体、読まないな」

「へー、よく知りもしないで、数字だけで判断するってことですか。まるで無能で傲慢、我儘社長息子みたいな仕事ですね!」


 オレの言葉に、鷹峰さんは眉間に皺を寄せた。


「私が読むのは、経営に関する本や哲学書、学問全般。無能呼ばわりされたくない」


 睨み合った二人の間で、見えない火花が散る。


 しばらく睨み合ってはみたものの、引き際が掴めなくて、オレはケンカを売ったことを後悔し始める。


 そんなときだった。


「一つ提案がある」

 一度目を閉じ、鷹峰さんが視線を外した。お陰で強ばっていた身体から、力が抜ける。


 やっぱり大人は違うな。オレって、まだまだ子どもだ。


「なんですか?」

 オレも務めてやわらかな口調で返す。


「あなたが進めるBL小説を、一冊だけ読んでみよう。私が面白いと感じるものだったら、あのコーナーをもう少し充実させると約束しよう」


 その申し出は、オレにとって願ってもないことだった。


「はい! 分かりました。鷹峰さんを納得させることができる、をお持ちします。楽しみに待っていてくださいね!」


 オレは鷹峰さんからの挑戦を受けて立つのだった。

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