第2話 イケメン最低ヤロー

 さてと、着いたぞ。先月とは違う本が入ってるといいんだけどな。


 古本屋に着いたオレは、BLコーナーに一直線だ。


 やった! 先客はいないみたいだ。


 極力、BLコーナーで人とかぶりたくない、というのが本音だ。女装しているとはいえ、隣あってBL小説を物色するのは気恥ずかしいからね。

 

 中にはみだらなイラストの表紙なんかもあって、興味をそそられるけれど、人目があると手に取るには勇気がいる。


 実のところ、ここを利用している見知った顔は、何人かいた。オレはその数人を、心理を理解してくれている同胞どうほうたちと勝手に思っている。


 暗黙あんもくのルールとでもいうのか、互いに先客がいると遠慮してくれるのだ。他のコーナーで時間を潰して待っていてくれる。

 とはいえ、その同胞は女の子なんだけど。


「あ! ラッキー。これ、探してたんだよね」


 最近知った作家さんで、これまで二十以上の作品を出していた。古い物は当然書店には置いてなくて、ネットなどでもずっと探していたものだった。


 これは買うとして、あとはどれにしようかな。


 異世界ものに獣人もの、それから……マフィアものに御曹司……どれも面白そうだ。


 オレはあらすじを読んでは棚に戻すことを繰り返す。


 一推しは御曹司ものだけど……


 そうはいっても、かたよることなく、いろんな話をまんべんなく読んでいるんだけどね。


 増え続けるBL小説。


 オレの住むアパートの部屋には、大きな本棚がある。バイトを詰め込んで、奮発して買ったそれは、高さ百八十センチほどあって横幅も広い。スライドもついているから、かなりの本が収められる。

 今では千冊近いBL文庫が並んでいるはずだ。


 あの圧巻あっかんながめ、最高なんだよね。


 電子書籍ではこうはいかない。オレが紙媒体かみばいたいの本にこだわる理由の一つでもある。自己満足ではあるけど、オレにとって大切な愛読書たちであり、今では心の拠り所でもあった。


 そもそも、オレがBL小説にまったのには理由がある。これを語るのは、ちょっと切ないけど。


 自分の恋愛対象が、同性である男なのかもしれないと自覚し始めたのは、小学五年生になって間もないころ。クラスに転校生がやって来たのだ。それは珍しいことだった。


 頭も良くて、スポーツ万能。


 無い物ねだりというのか、オレにとって眩しい存在で──


 始めは憧れから、胸がドキドキするのだろう、という程度に考えていた。


 でも……違った── 


 当時は自覚はしても、すぐには受け入れられなかったんだよな。


『自分は女の子が好きなんだ』と思い込もうとした。可愛いアイドルの写真集を見たりなんかして。今思えば、涙ぐましい努力をしていたと思う。


 結果は──虚しい気持ちを味わっただけだったけど。


 言うに言えない葛藤かっとうの末、潔く自分の性癖を受け入れることができたのは、中学生になってから。そこからは、ただ周囲に気づかれないようにすることで一杯一杯だった。


 あえて電車に長時間乗って、遠くの町の高校に通ったもんな、オレ。


 そのお陰で、視野は広がったとも思う。


 だからといって、周りにカミングアウトする勇気は出なかったけど。


 というのも、友人との些細ささいな会話から、より一層慎重になってしまったのだ。それはこんなやり取りだった。


『御崎ほど可愛かったら、男でも付き合える気がするな』

『俺もそう思う! 華奢きゃしゃだし、御崎ならありだよ!』


 なんて、友人たちは口ではそう言う。反応みたさに、試しに付き合ってみるかと問えば、


『冗談に決まってるだろ。いくら顔がそこら辺の女より可愛くても男は男だし、無理』

『だよな、男同士でイチャイチャとか、想像できねぇ~』


 と返されて終わり。


 こんなこと言われたら、打ち明けられると思う?


 しかもそんな友人たちには、彼女がいてさ。


 うらやましかった。学生生活を楽しむには、恋愛の占める割合は極めて高いのだと見せつけられたような気がした。


 だからオレも、学生生活を謳歌おうかしたい!


 そう思っていたのに、大学三年生になってしまったオレに残された学生生活は、もう二年もないなんて──


 オレって、モテないわけじゃないと思うんだけどな。


 童顔の母親似で女顔のオレは、二重の大きな目をしている。肌も白くて綺麗だと、女子から羨ましがられたりもする。


 友人が言うには、少し茶色かかったふわりとした髪が、オレを中性的に見せているそうだ。おまけに体格は華奢で、身長も百六十センチ半ばにも届いていないから、ボーイッシュな女の子でも通るらしい。


 お陰でこうして、女装できるわけなんだけど。


 あ~あ、都会に来れば、恋人ができるって、信じてたのにな。


 その願いは叶わないまま、今も彼氏いない歴=年齢という、不名誉極まりない記録が今年も更新されてしまった。


 四月生まれって、損してる気しかしないよ。同級生の中で最初に歳取るんだからさ。


 祝ってもらえる回数も少ないと思うのだ。特に環境が変わったときなんて、仲良くなる前にオレの誕生日は過ぎてしまっているわけで。


 まあそれはさておき、二十一年間、恋人がいないとう事実。


 もう現実的に恋人を作ることを、半ば諦めの境地なのも分かってくれるよね? だからオレにとって、BL小説は欠かせない心の拠り所になっているってわけ。


 主人公に自分を重ねて擬似恋愛を楽しむ……みたいなさ。まあ自分でも、少々イタイやつ──とは思うけど……


「よし、決めた」


 悩んだ末、オレは選んだ三冊を棚から抜き取る。そして官能を掻き立てるイラストを、隠すように持ちレジに向かおうと振り返ったときだった。


「おっと……」

「わっ! すっ、すみません。よく見てなくて」


 まさか背後に人が立っているとは。あわやぶつかるところだった。


 一息つき見上げると、オレを見下ろすスーツ姿の男性と目が合う。見上げる角度から、一八十センチは優に越えていそうな長身だ。


 かっ、かっこいい!


 その人は、日本人にしては彫りの深い顔立ちで、意志の強そうな切れ長の目をしていた。後ろへ緩やかに流した髪も清潔感を漂わせていて、まさしくオレの理想そのもの。


 まるで、BL小説から飛び出してきたような美丈夫じゃないか!


 体軀たいくだって、手足は長くバランスがいい。おまけに見るからに仕立てのいいスーツを着ている。


 オレは夢見心地で、その下に隠された広い肩幅に厚い胸板を想像してしまう。 


 こんなイケメンに迫られてみたいな……


 って、あれ? このイケメンさん、視線を落としたまま固まって動かないんだけど……

  

 は、まさか、オレに一目惚れして、照れてるとか⁉


 いや待て、今は女装姿。男の自分を好きになってもらわなければ意味がない。でもでも、『性別など関係ない、君という人間を好きになったんだ』そんな展開もあるのでは!


 オレの頭の中は、BL小説さながらに、美化された映像が流れお花畑と化していた。


 が、しかし──


 不意にイケメンさんがかがみ込む。そして手にしたのは──


 はっ! し、しまったー。いつ落としたんだよ、オレのバカ。しかも一番セクシーな表紙のやつじゃないか!


 オレはパニックになり、口をパクパクさせる。 


「確か、あなたのような人をと言うんでしたか」


 男は無表情で、「落ちましたよ」と本を差し出してくる。


 本来なら、拾ってもらった礼を言うべきところだ。しかしオレは羞恥から、それどころではなかった。

 一気に顔は熱くなるし、心臓はバクバクいっている。


「さ──さっ、!」


 オレは非難の眼差しで男を睨みつけてしまう。

 しかし男は最低呼ばわりされた理由がわからないようで、虚を突かれたような顔をしている。


!」


 腹立たしげに本を引ったくるように受け取り、オレは顔を背け足早にその場から立ち去る。


「あー、むかつく、むかつく、むかつく!」


 普通言うか、女の子に(見た目はだけど!)面と向かってなんて!

 

 オレは会計を済ませて店から出ると、肩を怒らせ大股でアパートに向かって歩き出す。


「なんだよ、あのイケメン最低ヤロー。腐女子の何が悪いんだよ! (男だけど!)あー、腹立つな!」


 楽しい本選びの一時が、一瞬にして台無しじゃないか。どうしてくれるんだよ。


 かっこいいなんて思ってときめいた自分を、呪ってしまいそうだ。


 怒り心頭なオレは、帰り着いてからも、なかなか気分が晴れなかった。

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