真面目な御曹司をBL小説で教育したら激甘ダーリンに変貌してしまった

美月九音

第1話 どこから見ても、地味系オタク女子っぽいよな


 恋がしたい。

 恋人だって欲しい。


 この思いを胸に、オレが大学進学を機に上京したのは二年と少し前。


 別に上京しなくても、恋くらいできるだろうって?


 それはオレの性癖と、育った環境を知らないから言えることだと思う。


 オレが育った故郷は、はっきりいって田舎だ。どこを見ても山、山、山……


 今はどうだか知らないけど、オレが小学生のころは、ランドセルに熊よけの鈴をつけて登校していたほどだ。


 下校時、鈴の音を耳にした近所の住人が、畑仕事の手を休め、「おかえり」とよく声をかけてくれたものだ。


 近所といっても、隣の家が十数メートル先……なんてざらな地域だったけど。


 田舎ならではの結びつきは強い。だけど、恋愛対象が男というオレにとっては、息苦しかった。バレでもしたら、何をささやかれるかわかったものではない。


 家族レベルに内情にくわしかったりするんだよ。信じられないよね。


 例えば……


 〇〇さん家の次男坊は、どこそこに進学して、就職先はどこぞの証券会社で、彼女の誕生日にプロポーズしたらしいとか、〇〇さん家の娘は十歳までおねしょしてたとか。

 はたまた、〇〇さん家の末っ子、算数のテストで十六点だったそうよとか、夫婦喧嘩の原因、不倫だって──などなど。


 子ども伝いに広まるのか、それとも地区の集会で話に花が咲くのか。


 げだしたら切りがないほど、プライベートな情報を住民が共有していた。


 そんな会話の中に、『御崎みさきさん家の理央りお君、男の子に恋してるらしいのよ』なんて登場するようなことがあったら──


 それでなくとも、オレが通っていたのは、一学年一クラスしかなく、全校生徒五十人にもみたない学校だった。

 

 噂が立てばどうなると思う? 想像つくと思うけど。


 平然と登校できるほど、オレの心臓は強くなかった。


 バレたらどうしよう、怖い──皆がオレを避けるんじゃ……


 自分の性癖を自覚してからは、そんな思いを常に胸に抱えていた。


 必然的に、オレは目立たないように生活するようになった。控えめで大人しい子。それがオレの印象だったと思う。


 女顔のせいで、男女って揶揄からかわれていたのも原因の一つだったりするけど。


 言っておくけど、オレは本来、陰キャじゃない……と自分では思っている。だからって、クラスカースト上位の陽キャでもないけど。


 まあ、間ってところかな。


 とにかくオレは、びくびく生活している自分を変えたかった。


 それに、生まれ育った田舎では、恋することもままならないから。


 だって、オレの生活圏内に、同性愛者がいるとは思えなかったし。

 その点都会は、人が溢れている。


 きっと同じ性癖の人と出会えるに違いない! 


 それに周りの目を気にせず、恋ができると思った。都会の人たちは、あまり他人に関心がないって聞いたから。


 自分の願望をひた隠し、欲しいものも我慢してきた日々からの脱出。


 これが上京を決めた大きな理由だった。


 不純な動機だと思う? でも、オレにとっては切実だった。


 なんて──本当はもう一つ、大きな理由があったりする。


 それはオレの実家の家業が、りんご農家だということ。長男であるオレは、当然のように跡継ぎだと言われて育った。


 別に家業を毛嫌いしていたわけではないけど……


 プレッシャーでしか、なかったんだ──


 男が好きな自分は、次の跡継ぎを残せない。故に、家業を途絶えさせてしまう。


 だから……ごめん、幸太こうた


 オレは弟に、背負わせてしまったんだ。


 こうした経緯を経て、オレは罪悪感に蓋をして、新しい人生を歩むつもりで大学生活をスタートさせたわけなんだけど──


 今ではちょっと、趣向が変わりつつあった。


「うん。どこから見ても、地味系オタク女子っぽいよな!」


 やや長めの前髪でお下げの黒髪(もちろんウイッグ)。野暮ったい黒縁の伊達眼鏡だてめがねに、唇は薬用リップを塗っただけのノーメイク。服装は、シンプルに白のシャツに膝下丈のデニムのフレアスカートだ。


 実は、オレにはふたつの顔があった。


 普通の大学生、御崎理央みさきりおとしての顔と、今、姿見に映る地味系オタク女子姿の自分。


「あとは小物で演出すれば、バッチリだな」


 小ぶりのリュックには、アニメキャラクターの缶バッジという装備だ。


 単にオレの思い込みかもしれないけど、自分的にはこれがベストな外見だと思っている。


「よし、行くか」


 身支度を終えたオレは、意気揚々とアパートの部屋を出た……んだけど──


 え~、なんでこんな時間に帰ってくるかなー。


 まだ昼間だというのに、タイミングの悪いことだ。まさか隣に住むサラリーマンが帰ってくるとは思わなかった。


 さすがに、女装趣味があると思われるのは避けたい。


 すかさず部屋に向き直ったオレは、「お兄ちゃん、またね!」と手を振る。


 オレって、男の割に声が高いんだよね。


 そして何食わぬ顔で隣人の横を、軽く会釈をしてすり抜けた。


 慌てず騒がずだ。


 隣人も、軽く会釈を返して部屋に入っていく。

 

 やっぱり都会って、他人に干渉してこないからいいよな。


 とはいっても、オレの住むアパートは、都心から離れた山梨県寄りだけど。


 というのも、田舎感から完全に離れるには、勇気がなかった。なんだかんだ言っても、あのほのぼのとした雰囲気は好きだった。だから進学先は、都心からは離れた大学を選んでいた。


「あれ……建物が見えてる」


 歩き慣れた道沿いに、それはあった。


 前から工事はしていたけど、周りがシートで覆われていて何が建つのかわからなかった。今はそれが取り払われ、外観が露わになっている。


 え、書店だったんだ! ちょー嬉しいんだけど‼


 でも、今時は閉店するところが多いって、何かで読んだ気がするけど。まあ、鷹峰たかみね書店なら頷けるかも。


 鷹峰グループといえば、日本でも有名な大企業だ。ホテルも数軒持っているとか。


 一週間後か~、楽しみだな。歩いていける場所に書店ができるなんて、足繁く通ってしまいそうだよ。


 オープンの日時が記された看板を横目に、オレはウキウキしながら目的地へと歩を進める。あと五十メートルほど進めば着く。


 さてはて男のオレが、わざわざ女装までして行く目的地──


 それは、書店! じゃなくて、今日は古本屋だ。


 というのも、五年、十年前の作品となると、書店ではなかなか手に入らないからね。

 

 いいなと思った作家さんの処女作を読んでみたいとか、時代を感じる作風を楽しみたいときなんかに、オレは古本屋に足を運んでいる。


 そのことと、女装が関係あるのかって? 

 それも地味系オタク女子姿で。


 もちろんある!


 なぜなら、オレの求める愛読書が、男と男の恋物語──いわゆる、BL小説だからだ。


 決して女装趣味があるわけではないよ。

 ならどうしてって思うよね。


 理由はただ一つ。『男』の自分が、BLコーナーで本を物色するのは恥ずかしい。これに尽きる。


 じゃあ、女装は恥ずかしくないのか──これに関しては、気づかれなければいいだけのこと。あえて地味な格好をするのもそのためだ。


 派手な格好やおしゃれな格好をすれば、注目されちゃうからね。


 素敵な人を目で追ってしまうのが、人の心理だと思わない? 別にオレが美人って言ってるわけじゃなくて、あくまでも一般論としてね。


 その点、この地味な姿はいい!


 オレの持論かもだけど、コスプレイヤーは別として、オタクは見て見ぬ振りをしてもらえると思っている。


 何もそこまでして本を買いに行かなくても……と、オレだって思わなくもないよ。


 今どきは、電子書籍やネット通販もある。書店に行かなくても購入することは可能だ。スマホ片手に手軽に読める、ネット小説なんてものもあったりする。


 当然それらを自分も利用するけど、やっぱりオレは、紙に印刷された文字を読むほうが好きだった。何よりたくさん棚に並ぶ本の中から、自分好みの物語を選ぶときの高揚感が堪らない。


 この感覚、わかってもらえないかもしれないけど、オレの住んでた田舎には書店なんてなくてさ。町に出るにしても、車で一時間はかかるんだ。でも、家業が忙しい両親に、連れて行ってほしいなんて、そうそう言えなかった。


 それもあってか、オレにとって書店は、特別な場所なんだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る