第一章 海上都市のビーチで。

 スカイオルムの海岸までやってきた。

 ロゼッタとイリシュは、初めて海を見たので少しはしゃいでいた。

 海岸の砂は水晶の破片のように輝いていた。


「水が綺麗ですね、ロゼッタ様」

「うん。此処がビーチという奴か」


 帝都には無い文化だが、かき氷なるものを売っているらしい。

 またビーチ・パラソルなども貸し出されている。


 二人は薄着でパラソルとゆっくり全身をくつろげるチェアを借りて、海岸でのんびりと過ごしていた。潮風が本当に心地が良い。


「天気が良いですねー王女様」

「そうだなー。このまま何時間も寝ていたいなあ」


 歓楽都市マスカレイドまでの出航日は、後、二日程ある。

 馬車ではなく、蒸気機関の鉄道を使って来た為に、時間が余ってしまった。


「たまには気楽に過ごしたいものだなー」

 王女はかき氷を食べる。イリシュと色違いだが、どうも味が同じ事に気付いた。いちご味のシロップにいちごは入っていないしメロン味のシロップにメロンは入っていない。色が違うだけの雰囲気作りといった処か。


 イリシュはすやすやと眠っていた。


 鉄道でもろくに眠れずに、イリシュはうつむいていた。

 幼馴染との死別。仇がまだ生きている事実。

 イリシュはいつも笑顔を取り繕っているが、相当に疲弊しているだろう。

 ロゼッタは気を利かせて、イリシュの為に時間を取ったのだった。結局、イリシュには教会を休職させて、王女の側近という地位に半ば強引に付けてしまった形になる。これからの戦いで、イリシュはもっと辛い想いをするかもしれない。ロゼッタは生まれた時からある程度の覚悟をしていたが、イリシュはそうでもないだろう。ずっと好きな人と平和に暮らしたかった筈だ。


 ……私は巻き込んでいるなあ。

 燦々と輝く「光の月」が、海岸を照らしている。

 少しでも、穏やかな時間が過ごせればいい。

 王女はそんな事を考えていた。


 惚けながら、ロゼッタは夢見心地にあった。

 この一週間くらいの間に色々な事があった。フリース、ベドラム、ヴァルドガルト、そして最後に自らを犠牲してイリシュを救った少年の顔が浮かぶ。人間を嘲り笑うジュスの顔も…………。


 バッグの中の海中時計を見ると、二時間程、寝ていたらしい。

 疲れていたのだろう。

 ロゼッタは大あくびをして起き上がる事にした。


「ねえ。ちょっと、そこの君達。何処から此処に来たの?」


 ビーチチェアの前には、薄着の男が立っていた。

 顔はかなり整っている。綺麗な色の青い髪が肩まで伸びている。筋肉質で身長も高い。文句なしの美男子だった。


「何処から来たって。そもそも、貴方の方は何処から来たのよ?」

 ロゼッタはその顔立ちに見惚れながらも、訝し気な顔をする。


「ちょっと。俺、同行者が欲しいんだよね。だからお姉さん達に俺も一緒に行っていいかな?」


 タオルケットをまとっていたイリシュは、がばっと、起き上がった。


「ちょ、ちょ、なんですか貴方は!? 容姿がいいからって、これでは百合に挟まる男…………じゃなかった、お慕い申し上げている王女様に、家臣の私が許しませんっ!」

 イリシュは真っ赤になりながらも、起こり始める。


 幼馴染の件は、余計なお世話だったのかもしれない…………。

 ロゼッタは、イリシュから、眼の前の男に対しての少しばかりの下心を感じた。


「あのさ。イケメンさん。まず貴方が何者なのか教えて欲しいな。私達は他人の素性に関してはかなり気にしているんだ」

 一見、優しそうな男程、裏で何を考えているか分からない。

 魔王ジュスティスは、王都の王族も含めて騙していた事を考えると、この青年も一癖も二癖もあるかもしれない。ただのナンパ野郎なら、それはそれで不快なだけなのだが。


「なあ。俺、歓楽都市マスカレイドまで行く為のチケットを落としてしまってさ…………。金も底を尽きてきたし、このまま帰るに帰れなくなったんだ…………」

 そう青年は、半泣きになっていた。


「成程。相当な馬鹿というわけか。ひとまず、お前の素性を教えてくれ」


「俺? 俺は旅の魔法使いオリヴィ。世界中を旅して回っている」

 何故か自身満々で、青年は自らを指差す。


「私は王都ジャベリンの王女だって知って、声を掛けたのよね?」

 ロゼッタはなおも不信な顔をしながら、オリヴィと名乗った青年を吟味していた。


「分かったわ。護衛として雇ってあげるわ。ただ、もう少し人気の無い場所で、実力を教えて貰う」

「え、ロゼッタ様?」

 イリシュは驚いた顔をしていた。


「一応の“仲間”が裏から手を回しているらしいけど。もし、海の魔物が攻めてきた時、海で他のトラブルに巻き込まれた時などに使ってあげるわ。もっとも、貴方がトラブルの原因にならないといいけどね」


「あ、ありがとう…………。じゃあ、俺の魔法を見せるね」

 そう言うと、オリヴィは二人に自らの魔法を見せた。

 二人は“これは戦力になる”と納得した。



 剣技や弓矢の実力。

 他にも色々見せて貰ったが、オリヴィの実力は申し分なかった。

 素性を詳しく聞いても、はぐらかされたが、雇っていて損は無いだろう。


 ロゼッタは王族、貴族専用の部屋のチケットをもう一人分、購入する。


「さて。海上都市スカイオルムを堪能しましょうか」

 海上都市は、船内全てが博物館になっていると言ってもいい。

 船の度を楽しまずとも、海上都市の観光目当てで来る人間は大勢いる。

 イリシュとオリヴィはきらきらとした顔をしていた。


 街中が博物館のようになっており、巨大なアンモナイトの化石が所々に飾られている。水路を繋ぐ橋は沢山の貝で作られており、水路には珊瑚が群生していた。巨大なクジラの骨が屋根となっている商店街もあり、魚介類などが特産品として売られていた。


 焼き魚の串焼きや、サザエやホタテを焼いたもの。エビやカニの姿焼き。たこ焼きなども売られていた。海産物が特産品として売られており、食べ歩きなども出来る。熱帯魚の群れに足元を付け、脚の垢を取って貰うというサービスもあった。

 

 街中には所々に、この街でしか買えない観光客用の商品が売られている。旅する一座のように楽器で音楽を奏でている者達もいた。


 三名はひとまず、船に乗る前に早めの夕ご飯を食べる事にした。

 よさげなレストランの一つを見つける。

 天井には、輝くヒトデやクラゲなどの装飾が飾り付けられている。

 中は小さな水族館になっており、水槽の中には熱帯魚が泳いでいた。


 三人は、各々、好きなものを注文する。


 ロゼッタとイリシュは刺身の盛り付けと一緒に、クジラのステーキが運ばれてきた。他にも魚介類のスープやら何やらが運ばれてくる。

何故かオリヴィが金をたかってきたので、ロゼッタは後々、この男に色々と飲食代、チケット代などを払わせる為に、散々、こき使って働かせる事を誓った。


「ねえぇー。王女様、ご飯の時くらいに書き物とかやめましょうよ。楽しみましょうっ!」

 アクアマリンに輝くビールを飲みながら、オリヴィは酔い潰れながら笑う。


「いや。あんたが喰った分の料金、船のチケット代。宿泊料金も追加で後々に払わせるから、ちゃんとメモしておかないとね」

 ロゼッタは眉間に無数の皺を寄せながら、エビ肉が詰まったグラタンが入った皿を、頭が少し緩んだ男から取り上げた。

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『天空のリヴァイアサン』‐光の月と闇の月‐ 朧塚 @oboroduka

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