間章 作戦会議。
王都の会議室でホワイトボードが置かれる。
フリースがホワイトボードに文字を書いていく。
「基本的に人間は弱い。圧倒的に弱い。魔族で言うなら、小型のコウモリのような魔物であるインプに殺されるくらいに弱い」
フリースは淡々と言う。
「人間を生かしているのは、魔族にとって利益があるからだ。お前らこの私に感謝しろよな」
ベドラムが明らかに蔑む口調で、周りを見ていた。
「いつか貴方を倒せるくらいに強くなるわ…………」
ロゼッタは憎らし気に、ベドラムを見ていた。
「くくっ。怖いな。とても楽しみだ」
ベドラムは、ロゼッタを見て小馬鹿にする。
「で。二人共、喧嘩は止めてね。私からすると、どっちも子供だから」
フリースは面倒臭そうな顔をしていた。
「これから、ロゼッタ、イリシュ。ベドラム、ヴァルドガルトにはやって貰う事がある。それぞれの役割をちゃんと行う事。いいかな?」
フリースは会議の参加者一人一人に印刷した紙を配っていく。
「ロゼッタとイリシュは『倫理の魔王』を倒す為に、海上都市スカイオルムに向かい、船で歓楽都市マスカレイドで降りる。そして、都市の王様、貴族達と、可能なら、歓楽都市を裏側で支配している悪魔ヒルフェの協力を得る」
「また悪魔の協力を得るの!?」
ロゼッタは半ば怒りながら席を立った。
「悪魔ヒルフェは比較的、人間に友好的だと聞いているよ。そして、ベドラム」
「なんだ?」
竜の女王は、尊大な顔付きでフリースを見る。
「君は悪夢の魔王サンテと友人だと聞いている。海は、あの子の支配権にあるんだろう? 仮にも王都の王女が乗る船だ。海の魔物を抑え込んで貰いたいんだ」
「分かった。だが、私の言い方次第では、海の支配者を挑発する事になるな。それはとても面白い事なんだが」
ベドラムは、嫌味ったらしくロゼッタを見ていた。
「そうならない為に、ベドちゃんには、あの子を抑えて欲しいんだけどな」
フリースは困った顔をする。
「分かったよ。私の大事な客人が船に乗るとだけ言っておく。感謝して私に跪いて私のブーツでも磨けよな、馬鹿王女」
ベドラムの嫌味は増していた。
ロゼッタは魔法の杖で、竜の女王を攻撃しようとしていたので、イリシュが全力で王女の行動を羽交い絞めにして阻止していた。
「聞きたい事があるんだが、海上都市は安全に船を出していると聞く。何故、わざわざそのような事をする必要がある?」
ヴァルドガルトは訊ねる。
「海の女帝は、今の処は、積極的に人間を害するつもりは無いみたいだからね。だから、航路を間違えなければ、あの子の配下の者達に手を出させないようにしている。けど、ロゼッタがいるとなると別だよ」
フリースは、少し困ったような、言い淀むような口調になる。
「魔王サンテは“人間の貴族”や“王族”に恨みがあるからだよ」
フリースは少し考えこんでいるみたいだった。
「なんで? 私達は魔族に怯えて暮らしている。仮にも魔王に恨まれる覚えはない筈よ?」
ロゼッタは、まくし立てるように言う。
「あいつはな…………」
「ベドラム。お願いだから、話がこじれるから、この話は後で。ちゃんと、王女には説明するから」
フリースに止められ、ベドラムは小さく溜め息を付く。
「で、お前はどうするんだ? 時間魔導士」
竜の女王は訝し気な顔をする。
「私は、エルフ達の森に向かうよ。長寿であるエルフ達から何か助言を貰えるかもしれないからね。それにベドラム。エルフの森は『自由の魔王』が狙っている領土だ。自由の魔王、パペット・マスター、リベルタスの目論見と計画を可能なら潰しておきたい」
ベドラムは時間魔導士をまじまじと眺める。
「分かった。その件は頼む。だがリベルタスは、かなり危険人物だ。私個人に因縁のようなものは無いが、我々、空中要塞としては、敵対勢力とみなしている。情報を集めてくれるだけでもありがたい」
「というわけで、今後の計画は決まったね。騎士団長達は王都の魔導部隊、諜報部隊と共に、引き続き、魔王ジュスティスの残した痕跡を調べる。後の者達は、各自、目的に向かって尽力する事」
フリースはそう言って、まとめた。
†
王都の通路。
ベドラムは、さり気にロゼッタ王女を呼び寄せた。
「何? また嫌味?」
ロゼッタは腕を組んで怪訝そうな顔をする。
「違う。時間魔導士フリースの事だ」
ベドラムはまるで笑っていなかった。
「あの女は、私がガキの頃から、あの容姿だ。何年生きている? 何歳だ? 私は人間の年齢で言えば、五十年は生きている。私がお前と同じくらい生きていた頃から、あの女は、同じ容姿だ。時間魔導士の詳細は分からないが、あいつは本当に人間なのか?」
「それに関しては私も同じ意見ね。フリースは怪し過ぎる。彼女個人の別の計画があるんじゃないの? それは人間にとって有益な事なの?」
「同じ意見だな。次元橋における政治協定の場で、いつものようにあの女はいた。まるで、私と、…………お前ら、双方を監視しているように。そもそも、あいつは本当に人間なのか?」
「分からない。私の養育係をしていた、という事しか」
ジュスティスが王都において、宰相をしていた時期があると知って、人間の王女も竜の女王も、色々な者に対して不信感を募らせていた。
「ロゼッタ。信頼の証として、私は、私の『魔法の詳細』を教える。巻き物などによる魔力の保管を除いては、魔法は生まれ付き個人個人に、原則、一つしか備わらないものだ。だが、魔法が術者の解釈次第で、拡張出来る事は分かるな?」
「ええ。私の水を生み出す魔法が、ウォーター・カッターを作るものから、水族館(アクアリウム)を生み出す事までね」
ベドラムは、自身の魔法の全貌を説明していく。
そして、大体の魔力総量。
魔法によって可能な事、不可能な事。
ロゼッタ側からすると、唖然として桁外れの能力だったが、味方でいる間がかなり頼りになるものである事を確信した。
「それと。会議では出なかったけど、もしかして、ジュスティスって」
王女は、ある結論に辿り着く。
ベドラムも同じ疑念を抱いているみたいだった。
「先日戦った、魔王ジュスティスは“自身の魔法”、その手の打ちを一切見せていないっ!」
ジュスティスは、所謂『魔法のスクロール』という巻き物や、魔力の込められていた道具だけを使ってきた。キメラの作成でさえ、本人固有の魔法なのかさえ分からないのだ。
「腹立たしい事に、私達への嘲笑は、ジュスティスからしてみると。本当にただ、悪意を持って私達を弄ぶ為にやった行動でしかないのかもしれない。そうなったら、私達は全滅していた可能性が高いな」
ベドラムは、いつもの傲慢極まりない発言が無くなっていた。
その表情は、立場は違えど、一人の国を背負う主といった顔付きだった。
「というわけで、人間の王女、頼むぞ。ジュスティスに関しての情報、フリースに関しての情報があれば待っている。こちらからも提供する。じゃあ、またな」
そう言って、ベドラムは手を振る。
「ふん。……それにしても、貴方を嫌悪している私を選んだわね」
ロゼッタは、先ほどのベドラムの嫌味を想い出して、嫌味を返す。
「お前が愚か者だからだよ。馬鹿王女」
ベドラムは嫌味ったらしくも、眼は真面目だった。
「どういう事よ?」
「策略。謀略。そういった考えに至らない。加えて、イリシュは駄目だ。あのガキは、心が弱い。それに最愛の者を亡くしたばかりだ。判断能力は更に弱っているだろ。加えて騎士団長は更に無能だ。ロゼッタ王女、お前は馬鹿で愚鈍だが、信念と意志が強い。だから信頼して私の魔法も話した」
罵倒と賞賛の混ざった言葉が、竜の女王の口から出てくる。
「ほんっとうに、腹立つ女ね。やっぱり、いつか貴方を打ちのめしたいわねっ!」
人間の王女は、眼の前の女に全力の水の刃をぶつける事を真剣に考えていた。……片手で弾かれるだろうが…………。
「そうか。励む事だな。楽しみにしている」
そう言うと、ベドラムは自らの相棒のドラゴンが待つ王宮のテラスへと向かっていった。
ロゼッタは、腹立たしく王宮の壁を蹴り飛ばした。
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