第二章 王都『ジャベリン』 5
3
「もう少し。王都をオモチャにしたいと思っていましたが……。くくっ、こうやって、ベドラム様が僕が王都に取り入って、十年以上も前に仕組んだ罠に掛かっていらっしゃる。発動させたのは、そちらの国王様か、騎士団長殿でしょう?」
神父服姿の男、ジュスティスは、あまりにも可笑しくて仕方が無いといった顔をしていた。全てが、この男の掌の上で踊らされていた事になるのだ。
「人間と魔族は絶対に分かり合えない。ドラゴンの軍団を滅ぼすべきと、王都の者達に教え込んだのは貴方でしょう」
ロゼッタは、魔法の杖の先から、水の刃をジュスティスに向けて放ち続ける。
ロゼッタの魔法は、全て素手で払い除けられていた。
「凄いな。修道女。私の失われた体力も戻っていく。そして服の破損まで修復出来るのか……」
イリシュの力によって、腹の傷を塞がれたベドラムが立ち上がった。
「…………この封印魔法、お前が以前から仕組んでいたのだな。私は力がまるで出せない。十分の一以下の魔力しかない…………」
「逆に僕の方が驚いています。何故、動けるんですか? 本来は拷問、調教用に作られた魔法なんですがね。相手を絶対服従させる為の」
魔王ベドラムと魔王ジュスティスは、互いを睨み合っていた。
ロゼッタとベドラムは、互いを見つめる。
「王女様、まだ力を隠しているだろ? 私と呼吸を合わせられるか?」
「竜の魔王様。貴方こそ、無理はしないでよねっ!」
ロゼッタの魔法の杖は水流が溢れ出し、巨大な水の槍へと変わる。
ベドラムの魔法の剣から漏れ出る炎は、猛りながら、炎の鞭へと変わっていく。
二人の攻撃は、それぞれ神父服の魔王に命中していた。
「未熟な魔法使いの王女に、殆どの力を封じられた魔王。そんな者達がこの僕に勝てるわけが無いだろう?」
ジュスティスは嘲り笑っていたが。
巨大な水槽なようなものが辺り一面に召喚されていた。
空中を大量の魚達が泳いでいる。
そして、水流が一気にジュスティスの全身を覆い尽くしていた。
「身動きが取れませんね。だが、その程度」
ジュスティスは、ロゼッタの魔力がどれ程のものなのか把握していたみたいだった。いずれ、魔力切れで魔法が使えなくなる。ただ、それだけの事だ。だが、水流は一向に止まない。
ジュスティスは信じられないものを見る。
なんと、シスター姿の女が、王女の魔力を回復させていたみたいだった。
「それ程の癒やしの魔法の使い手。…………、そんな存在が人間風情にいるなんて…………」
ジュスティスは、懐から巻き物を取り抱いて、広げる。
巻き物の中から、蛇の怪物が現れて、イリシュ目掛けて飛び出していく。
だが、蛇は、炎の鞭によって焼き尽くされていく。
ジュスティスは舌打ちしていた。
ベドラムは、すぐに距離を詰めていた。
ジュスティスの胸を勢いよく切り裂いていた。
ジュスティスは苦痛の悲鳴を上げ、背後へと跳躍する。
ベドラムは苦しそうだった。
やはり、封印魔法の効力が未だ続いているみたいだった。
ジュスティスは、倒れている少年へと近付く。
「この僕が、この少年に何の手を打っていないとでも?」
ジュスティスが少年の背中の服をめくる。
何か魔方陣のようなものが背中に描かれていた。
ジュスは、気絶している少年の背中に自身の魔力を注いでいるみたいだった。
見る見るうちに、少年エートルは全身を変形させていく。
頭が少年そのままの、巨大なライオンの胴体に、大量の牛や馬、蛇の頭を持ったキメラへと変化していく。
それを見て、イリシュが絶叫していた。
涙を流しながら、思わず、怪物と化してしまった婚約者の下へと走り去っていく。
無情にも、イリシュの腹はジュスティスが取り出した、弧状の剣によって貫かれていた。何度も何度も、イリシュの腹は貫かれ、更に胸をズタズタに切り裂かれる。イリシュは涙を流しながら、地面へと転がる。明らかにイリシュの傷は致命傷だった。
ロゼッタとベドラムの二人は、その間、怪物化した少年の猛攻に手間取っていた。これまでのキメラよりも何倍も巨大で強い。
だが、数秒程の時間こそかかったが、すぐにベドラムの炎の刃によって、キメラの後ろ脚が切り落とされていく。
キメラを倒すのに、長い時間は掛からなかったが、ジュスティスの凶刃がイリシュを襲うのには充分な時間だった。
「本当に君達は惨めだなあっ! 全て僕の計画の掌の上だ。ほら、どんどんダンスを踊ってくれ」
そう言いながら、血塗れで内臓がはみ出しているシスターの少女の頭を、ジュスティスは踏み続けていた。
笑い転げながら、ジュスティスは笑い過ぎて、涙を流していた。
ふと、ジュスの背後に迫る刃があった。
ジュスティスの喉元が切り裂かれる。
「なあ。宰相殿、貴様は魔王ベドラムと違い、隙だらけだ。少し自惚れが過ぎると思わないのか?」
騎士団長のヴァルドガルトだった。
ヴァルドは、こっそりとジュスの背後に回り込んでいたみたいだった。
ヴァルドの身体が、ジュスの肘の一撃によって空中に舞い、ヴァルドは壁に激突する。それでも、ヴァルドは平気そうだった。対照的に喉を深く裂かれたジュスは、かなり動揺しているみたいだった。
「魔王ジュスティス。……貴様は謀略によって、我々をたぶらかし続けていたが。貴様は本当に弱いのだな。その力では、ベドラムは愚か、家族のドラゴン一人倒せまい。貴様は本当に強いのか?」
騎士団長は皮肉たっぷりに、倫理の魔王を罵倒する。
ジュスティスは怒り狂い、騎士団長を殺しに掛かろうとするが…………。
水の刃で出来た槍。
炎の刃で長く伸びた剣。
その二つの刃によって、身体を貫かれていた。
王女ロゼッタと、魔王ベドラムの二人の刃が、ジュスティスの身体を貫いたのだった。ジュスティスは、もはや、他の手立てが残されていないみたいだった。その姿が彼の本来の姿なのか、ジュスティスの全身は見る見るうちに、巨大な肉塊へと変わっていき、牛やライオン、鳥や皮膚の無い人間の頭部、魚やトカゲの頭といったものを全身から生み出しながら、やがて、弾け飛んで、肉塊が何処かへと散っていく。
王女と女王は、二人共、逃げるジュスティスの一部を焼き、刻んでいったが。肉塊の一部には逃げられたみたいだった。
「倒せた?」
ロゼッタは訊ねる。
「いや。多分、奴の核……まあ心臓のようなものがあるんだろう。それを潰せなかった…………」
「困ったわね。奴を殺せなければ、怒りで眠れない日々が続きそう」
そう言いながら、ロゼッタは血塗れで倒れているイリシュの下へと向かう。彼女は息をしていなかった。
「私も憎しみで眠れない日々が続きそうだ。ジュスは私の母の仇なんだ」
ふうっと、ベドラムもその場に座り込む。
倒れている巨大なキメラが、徐々に人の姿へと戻っていく。
裸の少年になっていた。
少年は、怪物化していた時に、両脚を切断された為に床を這いずりながらイリシュの元へと向かっていた。彼は涙を流していた。確か、イリシュと婚約を誓っていた少年だ。ロゼッタはイリシュから聞かされている。ずっと、イリシュの夫に相応しくなる為に、修練を積んで、王都で戦う戦士になろうとしていた事に…………。
やがて、少年はもう体温が失われようとしている少女を抱き締めていた。
そして、ぽつり、と呟く。
「俺の……俺の魔法が何なのか分からなかったけど……。光を操る魔法だと思っていた……。でも、俺の魔法は、…………生命を与える魔法で…………」
そう言って、エートルは、イリシュに自らの身体に残る生命エネルギーを注いでいく。見る見るうちに、イリシュの傷が塞がっていく。死の淵にあった、イリシュは眼を覚ました。
「ありがとうな、イリシュ。お前といた十年余り、幸せだったよ…………」
そう言って、エートルは、婚約者であるイリシュの前で事切れてしまった。
魔法を使った代償なのか、エートルの身体は崩れ去り、後には人型の灰だけが残っていた。
4
よく晴れた青空が広がっていた。
光の満月によって、照らされた人間世界の地だ。
王宮のテラスには、何名もの人物が集まっていた。
王女ロゼッタ。
修道女であるイリシュ。
騎士団長ヴァルドガルト。
この国の国王。
時間魔導士のフリース。
そして、竜の魔王ベドラムと彼女の相棒であるドラゴン、ディザレシー。
「私とディザレシーの母である、ドラゴン。先代の竜の魔王は、ジュスティスの手によって殺された」
ベドラムは、人間達に告げる。
「私達の間に、本当の意味で、友情や信頼など生まれないのかもしれない。けれど、今は、ただ、志を同じくするものとして」
ベドラムは遠い空を眺めていた。
この世界の神は、何故、人間と魔族を分けたのか…………。
「友情ならあるわ。私達は共に悪と戦った」
ロゼッタは言う。
エートルの墓は、騎士達の眠る墓標に埋葬されている。
「竜の女王、これまでは本当に済まなかった」
騎士団長ヴァルトガルトは深々と、彼女に頭を下げる。国王も続く。
「いや。いい。それにお前らを支配下に起きたかったのは本当だ。その方が都合がいいからな。……だが、私と、そして、ディザレシーの本当の目的が、この世界の支配ではなく、復讐を最優先していたというのは、他の家族達に示しが付かない」
ベドラムは、シスターのイリシュと。そして時間魔導士のフリースの顔を交互に見る。
「仲間としてこれからも共に戦ってくれ。ジュスティスは勿論、他の魔王達を倒す手伝いもして欲しい。奴らを野放しにしておけば、人間だけでなく、我々ドラゴンも、魔族全体もいずれ滅ぼされるだろう…………」
ベドラムは手を伸ばした。
ベドラムの手を最初に取ったのは、イリシュだった。
「エートルの為に、私はあの男を許さない。共に戦いましょう」
「そうね。ジュスティスだけは生かしてはおけない」
ロゼッタも手を取る。
あの後、王都や村々に、ジュスティスが残した実験生物や、様々な邪悪な罠が仕掛けられていた事が発覚した。野放しにしておけば、いずれ王都は内側から滅ぼされていたであろう。
「私も手伝うよ。君達よりも、よっぽど長く生きているし。役に立てると思うね」
フリースも手を取る。
「わたしはあまり役に立てそうにないが。役立たずでもよければ、わたしも力になりたい」
騎士団長ヴァルトガルトも、手を取った。
ベドラムはみなに礼を言う。
他のみなも仲間達に礼を言った。
「じゃあ。私は空中要塞に戻る。何かあったら、すぐに伝えてくれ」
ベドラムは相棒であるディザレシーの背に乗り、帰っていった。
空には月が輝いている。
この世界の昼は、眩い月の光によって照らされている。
月が隠れた時間が夜になる。
空は正しき者にも、悪しき者にも光を注ぎ込む。
何故、このような世界を創造したのか。
ロゼッタは、月を見ながら、天に住まうであろう巨大な海蛇の姿をした神様に訊ねてみたくなった。
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