第二章 王都『ジャベリン』 4


 ロゼッタとイリシュの二人は、王宮へと向かっていた。

 

 王都の地下道にキメラを繁殖させている場所があったからだ。それにしても、一体、いつから王都にあんなものが作られていたのか。


「国中。周辺の村中に仕掛けられたものを探していくしかないわね。もしかすると、キメラ以外にも何かが設置されているかもしれない」

 ロゼッタはかなり焦っていた。

 一刻の早く、この事実を、騎士団のみんな、魔導部隊のみなに伝えなければならない。フリースがいれば、より良い助言を貰えるかもしれない。だが、今はまずは王都を守る者達だ。


「ロゼッタ様、私は理解が追い付きません…………」

 イリシュは頭を抱えていた。


「私も。もしかすると、この国は、とっくの昔に魔族に根を張られていたかもしれない」


 魔族達は一枚岩では無い。

 表面的には、王都と竜の軍団が対立している。

 もし、両方を潰して、漁夫の利を狙う魔族がいたとするならば…………。

 

「私はお父様からも。騎士団のみんなからも。魔王ベドラムと冷戦状態になり、魔族は全て敵であるって聞かされ続けてきた。実際にそうなのかもしれない。でも……」

 ロゼッタは考えを巡らせていた。


 嫌な予感がする。


 二人は王宮へと辿り着く。


 門番は二人を見て、驚いた様子だった。


「ロゼッタ様。その修道女は?」

「私の友達。回復魔法を使える。それよりも、みんなに伝えてっ! 王都の地下にはキメラが養育されていたわ。ドラゴンから襲撃を受けた後、キメラが放たれた。私達が最優先で倒すべき相手は、ドラゴン達ではなくて、王都の何処かにいる、キメラを創り出した奴よっ!」

 ロゼッタは、門番に、キメラが養育されている地下へと向かう場所を教える。門番から諜報部隊に伝達されるだろう。


 後は、何とか、騎士団長や国王と一刻も早くコンタクトを取る事だ。

 

 ロゼッタとイリシュは王宮の中へと入った。



「駄目だな。まるで力が入らない…………」

 ベドラムは、腹から鮮血を流し、口から血を吐き散らしながらもヴァルドガルトや、騎士団のメンバーから距離を取りながら戦っていた。


「今のお前は本当に鈍いぞっ! このまま首を落とさせて貰うっ!」

 騎士団長が叫ぶ。


「ああ。そうみたいだな。今の私の魔力は常時の十分の一以下。身体能力も十分の一以下って処か。加えて、重要な臓器こそ避けたが、重症だな、これは…………」

 ベドラムは少し嘆いているみたいだった。

 

 騎士の何名かが、彼女へと切り掛かる。


 炎が燃え盛る。


 騎士二人の全身が炎に包まれ、丸焦げになっていく。


「ヴァルドガルト。此処まで私が弱り切っていたとしても、このザマだ。もう、お前の刃は私には当たらない。悪いが、お前の首を落とすのは私みたいだ」


 騎士団長は、余りの実力の差に絶句しているみたいだった。

 そもそも、元々、そうだったのだ。

 ドラゴンと人間は、象とアリ同然。

 

 魔導部隊が、氷の弓矢や稲妻の斧をベドラムへと放つ。

 だが、ベドラムは数々の魔法の攻撃も片手で弾き飛ばしていた。


「さて。騎士団長、お前の処遇はどうしたものか。国王、貴様もだぞ。こうなった以上、貴様らの首を手土産にしなければ、私の名が汚れる」

 ベドラムは少し裏切られた、といった表情で、騎士団長の方へと近付いていく。

 ベドラムは帯刀している剣を引き抜いていた。

 その剣から、黒光りする炎が溢れ出してくる。


「待ってっ!」

 謁見の場の外で、みなが知った声が聞こえた。


 ロゼッタだった。

 そして、ロゼッタの隣にはシスターの服を着た少女がいた。


「王都の地下にキメラがいたわっ! もう何年も前から、この王都は別の魔族によって支配されているっ! 状況は分からないけど、みんな落ち着いてっ!」


 ロゼッタは叫んでいた。


 ベドラムは王女を見て鼻を鳴らす。


「私の怒りが収まらない。私を謀殺しようとした。騎士団長と国王には死で償って貰う」

 ベドラムの手にした剣の炎は、ますます燃え盛っていた。


 ロゼッタも覚悟を決めて、魔法の杖を取り出して杖に自らの魔力を込めていた。


 突然。物陰から、何者かの拍手の音が鳴り響く。


 その気配を感じ取って、ベドラムは、怒りの矛先を拍手を行った人物に向けたみたいだった。


 ビロードのカーテンの物陰から現れたのは、神父服姿の男だった。

 男の背後から、一人の少年が現れる。


「すみません…………。こちらの神父様が、王宮の者と顔見知りらしくて。入らせていただきました。神父様の話では、今、魔物が王宮にいるんですよね? 俺だって戦えますっ! 先日、サイクロプスの群れを倒しましたっ!」

 少年はうやうやしく、ロゼッタ王女に頭を下げる。


「エートル…………?」

 イリシュが絶句していた。

「なんで、此処に………………」


 ロゼッタの方もイリシュの顔を見て察したみたいだった。

 そして、ベドラムの表情を見て、現れた男の正体を理解した。


 ロゼッタは、竜の女王は敵だと騎士団長達からは聞かされ続けてきた。

 けれども。

 親友のフリースの言葉を想い出す…………。きっと、ベドラムはフリースからすれば、信頼に足る人物なのだろう。そして、そのベドラムは、神父姿の男に刃を向けている。


 ロゼッタの魔法の杖は、神父姿の男に向いた。


 イリシュは、ロゼッタの行動を見て、周りの状況を確認した後、自分の直感を信じた。

 腹から血を流すベドラムの下へと向かった。

 そして、ベドラムの傍らに跪き、竜の女王の傷に触れる。


「すみません…………。状況は把握しました。私は回復魔法の使い手です。この傷くらいなら、私の力で防げます」

 イリシュの魔力が、ベドラムの傷口を塞いでいく。


「…………宰相殿、何故、此処に…………。今まで、何処に……。行方不明で死んだものとばかり…………」

 ヴァルトガルトは、何とか絞り出すように訊ねる。


「久しぶりだな。『倫理の魔王』ジュスティス。私はずっとお前を殺したかった」

 ベドラムの瞳は、これまで、この場にいる誰も見た事の無い深い憎悪が込められていた。


「ええっ。貴方の母上の断末魔は、さぞ愉快なものでしたよ」

 そう言うと、神父姿の男は溜まらず腹を抱えて笑い転げていた。


 そして、まるで、小躍りするかのように。

 隠し持っていた短刀で、近くにいたエートルの背中を切り裂いたのだった。

 エートルは何がなんだか分からない、といった状況だった。

 そのまま、エートルは神父姿の男に蹴り飛ばされる。

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