第二章 王都『ジャベリン』 3
1
ヴァルトガルトは、連日、眠れぬ夜を過ごしていた。
王都の国王は、魔族に一切の領地を渡さない。我ら人間達の騎士団、魔導部隊が魔族達に跪くわけにはいかない。
何とか国王を説得しようとしたが、まるで聞く耳を持たず、結果、魔法の矢や砲弾などによって空中要塞を狙撃する事になった。狙いは竜の女王だった。
だが、全て門番であるドラゴン達に攻撃魔法を跳ね返され、空中要塞の周辺で待機していた魔導部隊は全滅した。挙句に先制攻撃の報復として、帝都の騎士団宿舎周辺をドラゴンに焼かれた。
……その責任としてヴァルトガルトは、牢に入れられていた。
もっとも、キメラの襲撃を聞かされて、すぐに牢から出されたのだが……。
「……まったく。わたし達の力では、魔族と交渉するという選択しかないのに…………」
王宮の自室に篭り頭を抱えていると、ドアがノックされた。
騎士団のメンバーの一人だった。
「ヴァルトガルト様……。客人です」
「客人とは…………?」
言われて、騎士の一人は浮かない顔をしていた。
「それが…………」
「なんだ、言ってみろ」
「王宮のテラス。社交界の歓談の場になっている場所で御座います。他の国の貴族達を招いて…………」
「いるんだな、客人が」
「はい。騎士団長殿をお待ちしております…………」
言われて、ヴァルトガルトは着替えを済ます。
一応、懐に剣を帯刀して、テラスへと向かう。
このテラスからは、城下町を一望する事が出来る。
社交場である為に、ダンス・パーティーなども開かれる。
テラスには見知った…………宿敵の顔があった。
真っ黒なドレスを纏い、紫紺の髪を風に靡かせている。
ドレスのフリルには赤が混ざっていた。
背後には、相棒であるドラゴンが翼を広げている。
魔王ベドラム。
彼女は単身……いや、相棒と二人で、王宮にやってきたみたいだった。
「騎士団長。単刀直入に言うぞ」
ベドラムは、ヴァルドガルトの苦々しくも憎らしい顔を無視して言葉を続ける。
「何者かが、私とお前ら人間の潰し合いをさせようと目論んでいる。当面の共通の敵になると思う。そいつは、この私を完全に見くびっている為に、王都を完全に焼き払わせる事を望んでいるみたいだ。そいつの計画には乗りたくなくてね」
ベドラムは、テラスの柵に腰掛けながら、騎士団長と、付き人で現れた騎士を見る。
「キメラが王都に現れたのだろう? キメラを使う魔族を私は一人しか知らない。この顔に見覚えはあるか?」
ベドラムは、携帯していたバッグの中から一枚の写真を取り出して、ピッと、騎士団長に投げる。
騎士団長は写真を受け取り、映っている人物を見る。
「この男は…………」
「知り合いか…………?」
ベドラムの方は確信を持っているみたいだった。
「一時期、王宮において、王女の世話係をしていた男の一人だ。そして、国王にも何度も助言をした。人間と魔族は分かり合えない存在だとっ! ……いつの間にか、姿を眩ませていたが…………」
「完全に決まりだな」
ベドラムは浮かない顔をする。
「お前ら王都はな。私達、ドラゴンと揉める前から。おそらく数十年くらい前だろうな。別の魔族に王都を乗っ取られていた、と理解していいな。本来の敵は外部ではなく、獅子身中にあったというわけだな」
ベドラムは柵から降りて、テラスの椅子に腰掛けた。
「この写真の男は何者だ……?」
ヴァルトガルトは、わなわなと震える。
「そいつの名はジュス。『倫理の悪魔』ジュスティスだ。もしかすると、ジュスは、既に幾重にも王都とその周辺の村々自体を実験場にしているのかもしれん」
ベドラムは、冷徹な口調で言った。
ヴァルトガルトは、震えながら崩れ落ちる。
「決めるんだ。騎士団長。今の人間の力では魔族に勝てはしないだろうな。これより、王都と王都が収める村々は、我が空中要塞の属国になれ。国王も、この私が従わせる。我らドラゴンの下に、人間は跪け。悪いようにはしない」
ベドラムの顔は、人の姿をしていながら、獰猛なドラゴンのそれを彷彿とさせた。
「お前は……お前の目的はなんなんだ?」
ヴァルトガルトは項垂れながら、竜の女王に訊ねる。
「決まっているだろう。私はこの王都を手始めに手中に収め、いずれ、人間界の全てと、魔界の全てを私の支配下に置く。そう、この世界の征服だ。生きとし生ける者達は全て、私と私の家族であるドラゴンの下に屈するのだ」
そう言いながら、ベドラムは両手を広げた。
この地は、天が作り出した光の月が輝いている。
光の月と闇の月。人間界と魔界。
二つの月の下にある地上全てを支配下に置きたいと、この悪魔は言っている。
既に、先日のドラゴン達の襲撃によって、騎士団と魔導部隊は大打撃を受けていた。
「分かった……。正式に、条約を結ぶ為に、国王の処に来て貰いたい…………」
ヴァルトガルトは、苦渋の選択を飲むしかなかった。
だが。
「倫理の魔王」ジュスティスと言ったか。
その男が去る前に残したものは、魔族を封じる魔法となって国王の謁見の場に強力無比な魔法のアイテムとして残されている。仮に、宮殿内に魔族が攻めてきた時、魔を封じる為に謁見の場そのものに仕掛けられているものだった。
騎士団長は、謁見の場まで竜の女王を案内していた。
ベドラムは、相棒のドラゴンにテラスで待機するように告げたみたいだった。
謁見の場には、国王が姿を見せた。
口髭と顎鬚をたくわえ、冠を被った国王だ。
「そなたが、竜の魔王か」
謁見の場まで来たベドラムは、傲慢そのものといった表情で人間の王を見ていた。階段を登った先に、国王がいる。ベドラムは一度、国王と直々に話したいと考えていた。
「さて。魔族の女王よ」
国王は言う。
「ああ。もう分かっているだろう? この王都は…………」
ベドラムは何かを言おうとする。
国王は、立ち上がり、近くの壁に手を触れていた。
それは瞬く間の出来事だった。
虹色の光が輝き、四角形の箱のようなものがベドラムと、騎士団長を取り囲んでいた。
ベドラムは、絶句しながら、地面に倒れ込む。
「動けないな。……なんだこれは?」
女王は、冷静な声音で訊ねた。
「お前から渡された写真の男が残した魔法の遺物だ。仮に、王都が魔の者達に陥落する事があれば、この謁見の場で、一体でも魔物を始末出来るようにと。貴様にも効果はあったみたいだな」
「私が死ねば。次の敵はジュスティスになるだけだぞ」
ベドラムは、苦しそうに呻きながらも、淡々としていた。
「黙れ。我々、人間は魔族に決して屈したりはしない」
そう言うと、ヴァルドガルトは、帯刀していた剣を、深々とベドラムの腹に突き刺したのだった。ベドラムは喚き声一つ立てなかったが、確かに刃が彼女の腹を突き刺す手応えだけはあった。
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