【第10話】

 経験上、ハルアの「嫌な予感がする」の言葉は的中することが多い。


 彼が「嫌な予感がする」と言えば悪いことが、逆に「いい予感がする」と言えばいいことが起こる前触れだ。その確率はもはや未来予知とも呼べる精度でピタリと言い当てる。

 そしてこの状況で、最悪の一言であった。悪いことが起きる前兆である。しかも数秒前に爆弾を処理したばかりでこの発言は、もしかしなくても『そう』としか言い切れない。


 険しい表情を浮かべたユフィーリアが周囲を見渡し、



「まずいな、確かに爆弾の気配がまだあるぞ」


「本当に? どのくらい?」


「残り5個ってところだな。次は一般人にも被害が及ぶかもしれねえ」



 おそらく、ユフィーリアは絶死の魔眼で爆弾の個数を把握するに至ったのだろう。彼女の青い瞳は極光色の輝きを纏っており、この世のものとは思えない美しさを放っていた。


 先程の爆弾は開けた場所に設置されていたから爆発しても被害は及ばなかっただろうが、今度はそうもいかない。何せ残り5個も爆弾が隠されているのだ。まあ最愛の旦那様による魔眼の力で居場所も特定済みだろうが。

 だが、問題は爆発までの時間だ。爆弾が弾け飛び、一般人に被害が及ぶまで時間がない。何とかして爆弾を探し出さなければ、より酷い未来が待ち受けていることになる。


 グローリアは「仕方ないね」と白い表紙が特徴の魔導書を広げ、真っ白な頁に手をかざす。



「誤魔化せるのは3分間だけだよ。それ以上は被害が出ると考えてね」



 そう言うと、グローリアの手元に紫色の輝きを放つ魔法陣が出現する。眩い光を放ったと思えば、途端に悲鳴がピタリと止んだ。

 逃げ惑う一般人の姿が、一時停止していたのだ。まるで石像のように動かなくなった彼らは、グローリアの魔法によって時間を止められていた。しかも視界の届く範囲だけではなく、よく見れば空に浮かんでいる雲でさえ動きが止まっている。


 割と大規模な魔法を使用したにも関わらず、涼しい表情を見せるグローリアは追い払うような手振りと共に言う。



「ほら回収してきなよ、急いで」


「お前は本当にいきなりでけえ魔法を使うよなァ!!」


「何で平然としていられるのかが不思議だよぉ」



 ユフィーリアとエドワードが、悪態を吐きながら人混みめがけて飛び込んでいく。この魔法がどれほど大変な魔法なのか不明だが、少なくとも規模が大きいということは理解できる。普通の魔法使いで扱えないようなレベルだ。

 父親であるキクガもまた人混みの中に消えていくのを確認し、ショウも背中を追いかけていく。まずは言われた通りに爆弾を探さないと、本当に誰かが大怪我を負ってしまう。最悪の場合は死んでしまうかもしれない。


 追い縋ってきたハルアにショウは視線をやり、



「ハルさん、学院長が使った魔法は一体?」


「多分ね、世界中の時間を止める魔法だよ!! ちょっとの間じゃないと次に時間を動かした時に大きな被害が出るんだって!!」



 なるほど、だから3分間という制約がついていたのか。



「いやそれ凄い魔法では?」


「ショウちゃん、学院長は七魔法王セブンズ・マギアスの第一席【世界創生セカイソウセイ】だよ?」


「そうだった、凄い魔法使いだった」



 普段から悪戯の対象にされがちな印象のある学院長だが、本当は世界を作ったとされる偉大な魔法使い【世界創生】であることをあらためて思い知ったショウは、急いで爆弾の回収に向かうのだった。



 ☆



 3分後、爆弾は見事に回収された。



「回収したよ!!」


「こっちも回収したよぉ」


「回収完了な訳だが」



 手分けをして回収された爆弾は、一抱えほどもある段ボール箱だった。それらが5箱ほど重ねられており、爆発の瞬間を今か今かと待っている。

 時間が止められているので爆発することはないだろうが、それでもこれらが爆発物だと告げられると身を強張らせてしまう。魔法が解けた瞬間に爆発したらどうしよう、と最悪の未来が脳裏をよぎった。


 怯えるショウとは対照的に、あまり死に囚われない偉大な魔女や魔法使いたちの面々はのほほんとした様子で応じる。



「じゃあ魔法を解除するね」



 何でもない調子で言うグローリアは、右手を掲げただけで世界中の時間を止めるという大規模な魔法を解除する。

 魔法が解除された世界は、あっという間に喧騒を取り戻した。爆発物の出現によって一般人が悲鳴を上げ、逃げ惑い、それら全てが回収されたことに気づいていない。風に乗って雲が流れ、穏やかな陽光が降り注ぎ、桜の花弁が雪のように舞い散る公園に平穏そのものが訪れる。


 時間を止める魔法を解除したはずだが、積み重ねられた爆発物からカチコチという音は聞こえてこない。そういう類の爆発物ではないのだろうか。



「あ、爆発物は時間を止めたままにしているから大丈夫だよ。スカイが持って帰って解体するんだって」


「どういう技術が使われてるか気になるじゃないッスか」


「ああ、なるほど……」



 異世界の爆弾とやらに興味津々な様子の副学院長に、ショウは遠い目をする。

 そうだ、副学院長はこういう人物である。そもそも綿飴の機械を買い取ろうとする時点でお察しだ。


 その時、



「な、何でそれが!!」



 どこからか声が聞こえてきた。


 全員が注目した先には、人混みに溶け込めそうな地味な格好をした男が積み重ねられた段ボール箱を指差している。「紛れ込ませたと思ったのに!!」と叫んでいるので、彼がこの爆発物を用意したのだろう。

 開発者が目の前に現れたことで、未知なる技術が大好きな副学院長が逃がすはずがなかった。ショウも「現れなきゃよかったのに」と憐れむ。



「この爆発物の製作者ッスか、ちょっと素人質問で大変恐縮なんスけど――!!」


「ぎゃー!! それ絶対に素人の質問じゃない奴だーッ!!」



 悲鳴を上げる男の首根っこを引っ掴まえて、スカイは矢継ぎ早に質問を飛ばす。これではもうどちらが犯人なのか分からない。



「…………桜が綺麗だなぁ」



 男の悲鳴が響き渡る空を見上げて、ショウは現実逃避気味に呟くのだった。

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