【第11話】
何だかとっても疲れた。
「ふぅ……」
道端にあったベンチに腰掛け、ショウは息を吐く。
爆発物騒ぎがあってから大勢の警察官が重装備で詰めかけて、一部の区画が閉鎖になってしまった。犯人の男は今もなおスカイの尋問――というか会話に付き合わされており、彼が警察に出頭するのは果たしてどのぐらいの時間が必要になるだろうか。
爆発物は副学院長のスカイが実験台として持ち帰ることが決定されてしまい、警察官たちは存在しない爆発物を探す羽目になっている。そのままどうか平和の中で仕事をしてほしい。
ぼんやりと桜が舞い散る空を見上げていると、視界の端で銀色の何かを認識した。陽光を受けて煌めく銀の髪と色鮮やかな碧眼、人形のような美貌がショウの顔を覗き込む。
「よう、お疲れさん」
「ああ、ちょっと疲れてしまった……」
「爆発物が仕掛けられてるなんてな、普通は思わねえよ」
ベンチに座るショウの隣に腰を下ろしたのは、飲み物を手にしたユフィーリアだ。父親であるキクガにでも買い方を聞いたのか、その手にはコーヒーチェーン店のプラスチックカップが握られている。中身はショウの苦手なコーヒーではなく、甘いシャーベット状の飲み物だった。
「抹茶ペチペチーノだってよ」
「そんな名前だっただろうか……」
何だかぺちぺちと叩かれるような音の飲み物だったかと首を傾げるが、ユフィーリアに押し付けられたのでショウは反射的に受け取る。プラスチックカップから伸びるストローを咥えて中身を啜ると、氷の冷たさに混ざって抹茶の甘さが口の中に広がっていった。
元の世界ではこういった甘い飲み物を買う機会がなかった。そもそもこの飲み物自体が高すぎるのだ。金銭を制限されていたショウからすれば、高級品である。
ユフィーリアは冷たいコーヒーを啜りながら、
「お、ここのコーヒーは美味えな」
「ここのコーヒーは世界的にも有名なんだ」
「そうなのか? これだけ美味えコーヒーが飲めるなら、異世界に住む奴らも仕事が捗りそうだな」
冷たいコーヒーを啜るユフィーリアは、軽い調子で笑う。異世界を満喫してくれているようでよかった。
最初は不安だった。ショウが元々生きていた世界を案内して、果たしてみんなが楽しんでくれるかと不安を覚えたものである。
でも、そんな気持ちは杞憂で終わった。物事を『面白い』か『面白くない』かで判断するユフィーリアは、ショウが生まれ育った世界を楽しんでくれているようである。それが何よりも嬉しい。
「ショウ坊はさ」
「?」
「帰りたいとか思わねえの? この世界に」
瞳を瞬かせるショウに、ユフィーリアは「あれ?」と首を傾げる。
「てっきり元の世界に帰りたいものだと思ってた。違えのか?」
「帰るつもりはサラサラないのだが……」
ショウは困惑する。
あの叔父夫婦の元に死んでも帰りたくはないし、今更帰ったとしても勉強は追いつかなくなっているだろう。そもそも高校の同級生は卒業している頃合いではないだろうか。
それに、ユフィーリアと添い遂げると決めたのだ。どんなことがあろうと、この銀髪碧眼の魔女を最後まで愛し抜くと固く心に誓った。元の世界に帰るつもりなんてない。
「この世界ではたくさんのことが経験できなかった。こうしてお花見をすることさえ叶わなかったが」
ショウはユフィーリアの手を取ると、
「今は、貴女さえいてくれればそれでいい。十分に幸せだ、ユフィーリア」
「…………そっか」
ユフィーリアはショウの手を握り返し、
「でもまだまだ、アタシはこの世界を満喫し足りねえな。美味いものあるし、経験できることもある。この先、あと何回来れるか分からねえけど、絶対にいつか異世界転移魔法を習得してみせるさ」
魔法の天才たる彼女はそう言い切る。
彼女であれば出来そうな予感はした。星の数ほど存在する魔法を自由自在に操る、自他共に認める魔法の天才だ。きっと異世界と魔法が存在する世界を結ぶことが出来るだろう。
その時は、また異世界デートの始まりだ。ユフィーリアが生まれ育った世界にはない文化や食べ物が、まだこの世界には存在する。もしかしたら次は日本を飛び出して海外に繋がってしまうかもしれない。海外ともなるとさすがにショウは案内できないが、魔法が使えるユフィーリアと一緒ならばどこへ旅をしても楽しそうだ。
すると、
「ちょっとぉ、ずるいよぉ」
「次のおデートのお約束!?」
「おねーさんたちも呼んでくれないとやーヨ♪」
「お前らッ、背後からいきなりやってくんなよ!!」
唐突に背後からエドワード、ハルア、アイゼルネに抱きつかれて、ショウとユフィーリアは2人揃ってつんのめる。ショウはまだ半固形の飲み物だが、ユフィーリアの場合は完全に液体である。こぼしてしまったら大惨事になるところだった。
3人は、今までの会話を聞いていた様子である。口を揃えて「ずるい」と連呼をしていた。彼らもショウの生まれ育った故郷を気に入ってくれたようだ。
ユフィーリアは「分かった分かった」と言い、
「お前らも一緒だから、お前らも」
「問題児は5人一緒だからねぇ」
「またあのピコピコのところ行きたい!!」
「おねーさんもお洒落を学びたいワ♪」
「ああ、そうだな」
次もまた、異世界のどこかを巡るのだろう。
その時が訪れるのを、ショウは楽しみにするのだった。
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