【第9話】

「え、嘘?」


「本当に?」



 ひらひらと舞い落ちる桜に紛れて、噂話が囁かれる。


 顔を上げたショウは、声がした方向を探す。人混みの中に視線を巡らせると、不思議と同じような状態の通行人を何人も見かけた。

 全員揃って携帯電話を眺めているのだ。スマートフォンである。ショウたちが普段から使っている通信魔法専用端末『魔フォーン』ではない。


 それらの液晶画面を眺めていた通行人は、何故か顔を青褪めさせていた。何かに対して恐怖心を抱いている様子である。



「何かあったんだろうか」


「分かんない!!」


「聞いてみましょうか」


「え」



 ハルアとリリアンティアは、すぐ近くでスマートフォンの液晶画面を指先で触れていた通行人のお姉さん2人組に話しかけていく。この2人に恥ずかしさや躊躇いなどはないらしい。



「お姉さん、何かあったの!?」


「何か深刻な事件でもおありですか?」


「え、誰?」


「知らない、ナンパの方?」



 話しかけられた若いお姉さん2人組だが、ハルアとリリアンティアの純粋無垢な眼差しに対して特に警戒心を持つことはなかった。これで警戒されてしまったら終わりであるが、ハルアは男性アイドル並みに顔立ちが整っているし、リリアンティアもお上品なお嬢様といった風体なので警戒されなかったのだろうか。

 お姉さん2人組が見せてくれたものは、液晶画面に表示されたSNSである。どうやらネットニュースの記事が表示されており、見出しとして次のように書かれていた。


 花見会場に爆発物が仕掛けられた、と。



「え、爆発物!?」


「うわ、可愛いから女の子かと思った」


「あ、ごめんなさい。これでも女装です」



 お姉さん2人組が見せてくれた液晶画面に表示された文章を読み、ショウが声を上げる。ただ、見た目が女の子みたいなのでお姉さん2人組も驚かせることになってしまった。その部分に関しては非常に申し訳ないことをした。

 液晶画面に表示されたネットニュースでは『上野の公園に爆発物を仕掛けたという内容の通報があった』とある。ネットニュースなのでガセネタかもしれないのだが、問題は場所だ。


 爆弾が仕掛けられた場所は、この公園である。



「ショウちゃん、あれ凄えね!!」


「何でしょう、軍隊でしょうか?」



 ハルアとリリアンティアは、人混みの向こうを指差した。


 人の波の向こう側で僅かに認識できるのは、重装備を身につけた警察官の集団である。防弾チョッキに透明な盾まで持ち、完全防備の状態で賑やかな花見の会場に足を踏み込んできていた。

 重装備の警察官は、人混みの向こう側に消えていく。おそらくあの通報を受けて確かめにきたのだろう。


 ハルアはショウとリリアンティアの腕を掴み、



「見に行こう!!」


「え、ちょ、危ないぞハルさん!?」


「怪我をした人がいるかもしれません、行きましょう!!」


「リリア先生まで!?」



 事件の雰囲気を感じ取ったハルアは野次馬を決め、リリアンティアは怪我人の存在の身を案じるあまり事件現場に向かうことを選んでしまう。2人の異世界人に腕を掴まれて、ショウは抵抗できずに引き摺られていくのだった。



 ☆



 現場には野次馬の中にユフィーリアたち大人組も混ざっていた。



「ユーリたちもいたの!?」


「ああ、何か爆発物を置いたって聞いたから見にきたんだよ。どんなものかってな」



 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、顎でやや開けた場所を示す。


 そこにはポツンと段ボールが置かれているだけだった。周りを透明な盾を構えた重装備の警察官が取り囲んでおり、爆発物と想定される段ボール箱を警戒しているようである。

 命の危機と隣り合わせの状況を、誰もが固唾を飲んで見守っていた。応援の警察官は一般人を爆発物の危険性から遠ざけようとしているが、やはり好奇心には勝てないのかその場から動こうとしない連中が大半だ。中にはスマートフォンで録画を始めてしまう不謹慎な人も見かけた。


 爆発物と仮定される段ボールを眺めていたグローリアは、



「うん、あれ確かに爆発物だね。何の原理か知らないけど、箱を開けたらドカンと行くよ」


「どれぐらいの規模?」


「そこまで大きいものではないっぽいね、最低でも1番近くにいる1人は死ぬんじゃないかな」



 グローリアの冷酷な判断に、その場にいた誰もが「あー」「その程度か」と残念がる。

 魔女や魔法使いは死という概念に軽薄である。死んだら蘇らせればいいとさえ思っているので命の重みをまるで感じていない。未然に防ぐということはしないようだ。


 ショウはユフィーリアの手を引き、



「ユフィーリア、防衛魔法でどうにか出来ないか?」


「ええ?」



 ユフィーリアは青い瞳を瞬かせ、



「どうした、ショウ坊」


「この世界は医療が発達しているとはいえ、死んだら生き返ることなんて出来ないんだ。だからなるべく、人が死ぬのは避けたい」



 彼らにだって守るべきものはある。帰りたい場所がある。

 こんなチャチな爆発物如きで命を落とせば「運がなかった」と割り切れるだろうが、残された人はどうなるだろうか。


 ユフィーリアは「分かったよ」と言い、



「グローリア、二重に防衛魔法を敷け」


「え、八雲のお爺ちゃんじゃダメなの?」


「何の為に時空操作系の魔法が得意なんだよお前は」



 ユフィーリアはグローリアの脇腹を小突き、雪の結晶が刻まれた煙管を一振りする。


 半透明の膜が段ボール全体を覆う。唐突に展開された謎の膜に警察官たちは揃って驚いており、誰の仕業だと周囲に視線を巡らせていた。

 その上からグローリアが展開した防衛魔法がさらに覆う。二重に防衛魔法が展開されたことで重篤な被害を出す未来は回避できるだろう。



 ――――ッッッッッッドン!!



 腹の底に響くような爆発音を立てて、段ボール箱は爆発。

 しかし、被害は全て最小限に終わった。地面が捲れ、抉れただけで警察官は音でひっくり返ったぐらいである。直後に一般人がまさか本当に爆発するとは思っていなくて、悲鳴を上げながらその場から逃げ出した。


 誰も被害が出ていないことに安堵したのも束の間のこと、この場で1番聞きたくなかった人物から最悪の言葉が漏れ出た。



「嫌な予感がする」


「え――」



 逃げ惑う一般人の背中を眺めながら、ハルアが呟く。第六感が異様に優れた彼は、きっと何かを感じ取ってしまったのだ。

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