【第7話】

 離れた先で見覚えのある背中を見つけた。



「あ、学院長」


「副学院長もいる!!」


「お2人とも、何をしているのでしょうか?」



 ショウとハルア、そしてリリアンティアが発見したのは屋台の前で何かを熱心に観察するヴァラール魔法学院の学院長と副学院長の姿だった。


 彼らはショウたちの呼びかけに応じることなく、汚れが目立つアクリル板の向こうに設置された機械だ。円形の機械はまるでドーナツのようであり、随分と使い込まれているのか年季が入った見た目をしている。

 円形の機械の持ち主である年老いた店主は、アクリル板越しに並んで見つめてくる大の大人など気にした様子もなく、木製のスプーンのようなものを使って中央の窪みにザラメを投入した。ザラザラという金属の中に砂が落ちていくような音が耳朶に触れる。


 その直後のことである。



「わあ、凄え!!」


「雲が生まれましたよ!?」



 ハルアとリリアンティアも双眸を輝かせる。


 ドーナツ状の機械が生み出したものは、雲のようなふわふわとしと物体である。雲の破片がもくもくとドーナツ状の機械から作られていき、店主は割り箸で雲の破片を巻き取っていく。

 ぐるぐると機械へ沿うようにして雲の欠片を巻き取っていくと、やがて割り箸には繭のようにふわっとした塊となった。まるで綿雲から割り箸が突き出たそれを可愛らしい動物の絵が描かれた袋に詰め込んで、アクリル板の前に飾られた棚に引っ掛ける。棚には同じような袋がいくつも並んでいた。


 縁日の定番、綿飴である。砂糖菓子であることには変わらないのだが、綿雲のようにふわっとした見た目は非常に人気の高い商品だ。



「リリア先生、食べてみますか? これお砂糖で出来ているから甘くて美味しいですよ」


「いいのですか!?」



 新緑の瞳を目一杯にキラキラと輝かせたリリアンティアが、弾かれたように振り返る。もはや綿飴の魔力に取り憑かれていると言ってもいいだろう。



「ぜひ食べてみたいです!!」


「オレも食べよ!!」


「俺も食べたいです」



 綿飴の知識は頭にあったものの、実際に食べたことはない。そう言ったものを食べさせてもらえなかったのが原因だ。


 ショウは年老いた店主に「綿飴3つお願いします」と注文する。店主はヨボヨボと棚から綿飴の詰まった可愛らしい袋を手に取ると、ショウに手渡してくる。綿飴の袋をショウに手渡してくると皺くちゃなてを突き出して代金を要求してきた。

 ラミネートされた料金表には、油に染みた文字で『300円』と記載されていた。実に良心的な値段である。


 代表してショウが3人まとめての代金を支払い、あとで徴収を決めたところで背後から声がした。



「あの魔法兵器エクスマキナ、買い取れないッスかね」


「雲砂糖をあんな簡単に量産できるなんて凄いよ」



 まさかの機械を買収しようと目論んでいた。



「ちょっと、綿飴屋のおじさんの商売を奪わないであげてくださいよ」


「あれ、聞こえてた?」



 グローリアはすっとぼけたような口調で言い、



「いやだって、こんな面白い形の魔法兵器から雲砂糖が簡単に生み出されるんだよ? 雲砂糖の生産は結構難しいって話を聞いたことあるし」


「そうッスよ、雲砂糖の生産方法は砂糖を溶かして魔法で」


「今その話って必要ですか? 長くなります?」



 興味のないショウは、早速とばかりに綿飴の袋を開く。突き刺さった割り箸ごと輪ゴムで縛られているので、綿飴が萎むことはない。

 割り箸が抜けないように慎重な手つきで袋から引っ張り出すと、ふわっとした雲のような見た目の砂糖菓子は甘い香りが鼻孔をくすぐる。小さい頃からの憧れの綿飴が今目の前にあるだけで感動を覚えた。


 ハルアとリリアンティアも同じように感動している様子である。ふわっふわの見た目をした綿飴を前に瞳を瞬かせ、めつすがめつ観察している。



「んむ!!」


「甘い!!」


「お砂糖で出来ているからな」



 一思いに綿飴へ齧り付くと、砂糖から作られた甘さだけが口いっぱいに広がる。ふわふわな綿飴は一瞬で舌の上で溶けていき、あっという間になくなってしまった。

 これが綿飴の魅力か、と感動した。学校の授業でべっこう飴やカルメ焼きといった砂糖菓子を作ったことはあるのだが、綿飴は縁日や屋台の定番だし授業で作れることはなかったので今日はいい経験をした。


 嬉しそうに頬を緩ませ、綿飴を堪能するショウだが、



「すんません、この魔法兵器いくらッスか? 言い値で買うッスよ」


「あとその雲砂糖を生み出す技術も凄いね。ちょっと色々と教えてもらえる?」


「は?」



 研究大好き、未知なるものに興味津々な学院長と副学院長のコンビが馬鹿なことをしようとしていた。

 あろうことか、綿飴の機械を買い取ろうと目論んでいた。しかも綿飴屋の年老いた店主も連れて行こうとしていた。神隠しなんていう可愛いものではない、誘拐だ。


 慌てふためく店主に詰め寄るグローリアとスカイの首根っこを引っ掴んだショウは、



「興味を示さないでください!! 何してるんですか!!」


「だって雲砂糖をこんな簡単に生み出すんだよ!? 喫茶店の事業で飛躍的に楽な作業になるよ!?」


「もしくはこの魔法兵器を量産できればいいんスよ!!」


「だからって店主のおじさんを困らせるような真似をしないでください!!」



 意地でも綿飴屋の屋台前から退こうとしない学院長と副学院長のコンビを何とかして剥がそうとするショウだが、未知なる綿飴の存在に興奮気味な2人は意地でもしがみつこうとしていた。どうしてそんな根性を出してしまうのか。

 ハルアとリリアンティアも「おじちゃん困ってるでしょ!!」「止めてください!!」とグローリアとスカイの2人組に叫んでいた。2人でさえダメなことだと理解していた。


 その時、



「はい撤収ぅ」


「行くぞー」


「あーれー」


「ちょ、ユフィーリア何するのねえってば!!」



 たまたま通りかかったユフィーリアとエドワードが、グローリアとスカイの首根っこを引っ掴んであっさりと連れて行った。さすが問題児、抵抗虚しく連れて行かれる学院長と副学院長の2人がもう見えなくなってしまった。

 その場に置いて行かれたショウは、行き場をなくした手で綿飴を千切る。雲の破片を口の中に放り入れると、砂糖の甘さがジンと身体に染み渡っていく。


 嵐のように過ぎ去っていった学院長と副学院長の姿を見送った3人は、



「あっという間だったな」


「さすがユーリ!!」


「店主様、ご迷惑をおかけしました」



 しっかり店主に迷惑をかけたことを謝罪して、ショウたちは人混みに紛れていくのだった。

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