【第6話】
射的で右半分の棚の景品を跳弾で落としたら、店主から泣きつかれてしまった。
「残念」
「残念だね!!」
「あはは……」
ショウとハルアは本気で悔しがり、リリアンティアは苦笑する。
本当に残念である、本当は全て落とす勢いで挑んだのに途中で待ったをかけられるとは思わなかった。せめて全ての弾丸を使い切るまで待ってくれればよかったのに。
大量の景品が詰め込まれた袋を掲げ、ショウは不完全燃焼な気持ちに唇を尖らせる。右半分の棚の景品を落としたところで店主から「勘弁してください」と叫ばれれば止めざるを得ない。
「どこか別の射的を狙おう」
「どこに行く!?」
「まだ取るのですか!?」
乗り気なハルアとは対照的に、リリアンティアは驚愕していた。パンパンに詰め込まれた景品があるのに、まだ射的で景品を狙おうというショウの魂胆が読めていないようである。
「も、もういいのではないでしょうか?」
「いっそ景品を絞り上げてエリオット教の孤児院に寄付しましょう。子供たちもぬいぐるみや人形がたくさんで喜びますよ」
「確かに喜ぶとは思いますが、店主様を泣かせてまで獲得したのはさすがに気が引けます!!」
善良なリリアンティアに強めの説得をされてしまい、ショウとハルアも「じゃあ止めるか」となるしかなかった。ここまで言われてしまうと仕方がない。
すると、どこからか「おお、凄いな兄ちゃん」という声が聞こえてきた。
顔を上げると『スーパーボールすくい』と看板を掲げた屋台に、大勢の通行人が集まっていた。何やら熱心に屋台へ向かっており、スーパーボールがすくわれていくところを観戦しているようである。
スーパーボールすくいとは懐かしいものが出てきた。あれは流水によって流されている様々な大きさ、種類のスーパーボールを金魚掬いのようなポイですくっていく遊びだっただろうか。あれほど通行人が集まるということは、なかなか上手くすくえているようである。
ショウは屋台を指差し、
「行きますか?」
「気になるね!!」
「そうですね。どんなものなのか、身共も気になります」
そんな内容で意見を一致させ、ショウたちは人混みに割り込んでスーパーボールすくいの屋台を目指す。
人の壁を縫うようにして進んでいくと、屋台の目の前に出てきた。景品であるスーパーボールを詰め込んだ段ボールが屋台の奥側に積み上げられていて、手前ではドーナツ型の桶に水が張られた状態のものが設置されていた。水は桶に取り付けられたモーターによって流れが人工的に作られており、その上を色とりどりのスーパーボールが流れていく。
ドーナツ型の桶を占拠していたのは、父親のキクガと
まさかの組み合わせに、ショウは思わず声を上げてしまう。
「父さん、何しているんだ」
「おや、ショウ。こんなところで奇遇な訳だが」
キクガは朗らかに笑い、手元の器を掲げる。
「いや何、スーパーボールすくいとはやったことがないので挑戦しているところな訳だが。意外と面白い」
「そんなにすくってどうするんだ、スーパーボール」
「それはもちろん……」
ショウの質問に対し、キクガは自信を持って回答しようとするも使い道が思いつかなかった様子である。山を築いたスーパーボールを前に、戸惑いの表情を見せた。
それもそのはず、スーパーボールの使い道なんて地面に叩きつけて跳ねさせるぐらいしか思いつかないのだ。小さなスーパーボールは子供が誤飲をしかねないので迂闊にあげることも出来ず、かと言って余らせてしまうのももったいない。どのみち「こんなに取らなければよかった」と後悔することは間違いない。
そこへ、黙々とスーパーボールをすくっていた八雲夕凪が、
「冥府の刑場に導入すればいいじゃろ。当たると地味に痛いのじゃ」
「確かにそうだ。これは持ち帰り、罪人どもにぶつける為のものにしよう」
「それでいいのか、冥府」
八雲夕凪から受けた回答が父にとっての天啓となってしまい、キクガはまた黙々とスーパーボールをすくう作業に戻ってしまった。
このスーパーボールを差し出し、冥府の罪人どもにぶつけることを提案された暁には部下も頭を抱えそうなものだ。簡単にその光景が想像できてしまったが、ショウには止めることが出来ない。もう諦めるしかないだろう。
遠い目をするショウの横で、ハルアとリリアンティアは八雲夕凪の手元に積まれたスーパーボールの山を観察していた。
「綺麗だね!!」
「宝石みたいです」
「そうじゃろ。嫁の弟君のところに孫が出来たと言うとったからのぅ、遊び道具はいくらあってもいいんじゃ」
八雲夕凪はすくったばかりの大きめなスーパーボールをハルアとリリアンティアへ差し出し、
「たくさん取ったからお主らにもあげるのじゃ。大切にするんじゃよ」
「爺ちゃん、何か悪いものでも食べた?」
「儂とてたまにはこういう気概を見せるのじゃ!!」
ハルアに体調不良を疑われた八雲夕凪がヤケクソ気味に桶へポイを突っ込むと、濡れて破れやすくなっていたポイが見事に破れてしまった。もう修復不可能なぐらいに破れてしまっている。
八雲夕凪は「あー……」と残念そうに肩を落とす。器にはスーパーボールが山盛りになっており、もう十分過ぎるほど確保しているので子供の玩具としても活用できる。
一方でまだポイが破れていないキクガは、
「夕凪翁、勝負は私の勝ちな訳だが」
「ちくしょう、帰ったら約束の茶菓子はくれてやるわい」
「楽しみな訳だが」
「あのー、お客さん」
八雲夕凪と会話を交わしながらもヒョイヒョイとスーパーボールをすくっていくキクガに、店主が泣きそうになりながらも言う。
「あの、そろそろその辺で」
「え?」
キクガはキョトンとした表情で首を傾げる。
彼の手に握られたポイはまだ破れておらず、ボールは器にこんもりと盛られている。それなのにまだ追加で積み上げていき、いつのまにか器は2個目に突入していた。
どうしよう、ショウが射的で同じ目に遭わせた時と似ている。どこかで見覚えのある状況にショウは頭を抱えた。
ところが、
「まだあるだろう、景品は」
「え、あの」
「あるだろう」
キクガは引くことなく、綺麗な笑みを見せて言う。
「追加しなさい。異論は認めない訳だが」
「ひゃぃぃ……」
涙目の店主が桶に追加のスーパーボールを投入し始めたところで、リリアンティアの教育にどんな影響があるのか分からないのでショウは急いでその場を離れるのだった。
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