【第4話】

 屋台で真っ先に目に留まったのはりんご飴である。



「可愛らしい林檎です!!」


「りんご飴専用の林檎があるんですよ」



 袋詰めされて台座に並べられたりんご飴を眺め、リリアンティアが新緑色の瞳をキラキラと輝かせる。


 割り箸に突き刺さった小さな林檎たちは、艶やかな飴に閉じ込められて甘くて美味しそうだ。林檎の大きさは一般的なものと比べると小さくて、飴として加工する為だけに栽培されていると言ってもいいだろう。

 この品種はりんご飴として加工されることが多い印象がある。他にもコンポートなどのスイーツで使用されるとは聞いたことあるけれど、やはりよく見かけるのはこのりんご飴辺りだろう。


 屋台を切り盛りしている頭にタオルを巻いた壮年の男は、



「いらっしゃい、じゃんけんで勝ったらもう1本おまけでつけるよ」


「ほ、本当ですか!?」



 リリアンティアが店主の話に食いつく。

 屋台の柱には『じゃんけんに勝てたらもう1本おまけ付き』という張り紙があり、その場限りの営業という訳ではなさそうだ。こう言った屋台にはおまけなど店主の匙加減で量が増えることが期待されるので、そのお得感を味わうのも醍醐味だ。


 お財布から硬貨を取り出したリリアンティアだが、



「あ、お金が違います……」


「そうだ、魔法で換金してもらわなきゃいけませんでしたね」



 リリアンティアはしょんぼりと肩を落とす。

 異世界に来るにはルイゼ硬貨は換金してもらわなければ使えないのである。リリアンティアは治癒魔法や回復魔法以外の魔法はあまり得意ではないので、もちろん換金魔法も難しいだろう。聖女様として多くの人間を治療してきた善人なので仕方がないと言えば仕方がない。


 ショウは自分の財布からお金を取り出して、



「リリア先生、学校に帰ったらルイゼ硬貨でお返しくださいね。今日のところは貸しです」


「あ、ありがとうございます!! 必ずお返しします!!」



 リリアンティアは笑顔で喜んでくれた。


 聖女様相手に「奢るよ」と宣言できなかったのは、彼女がとても真面目だからである。常識人で頑固な部分があるので、意地でもお金を返そうとしてくるだろう。ユフィーリアにも言いつけられれば、財布を取り上げられる可能性だって考えられる。

 だからこそ、今日のところは借金という名目で貸し付けておくことにしたのだ。それならリリアンティアも納得してくれる。


 ショウは店主に硬貨を何枚か渡して、



「りんご飴1つお願いします」


「じゃんけんに挑戦するかい?」


「します」



 店主が「じゃあ」と拳を突き出してくる。ショウもそれに倣って拳を突き出す。


 殴り合う訳ではないが、ここで起きるのは真剣勝負だ。りんご飴のおまけを巡り、ショウと店主の真剣勝負なのである。

 店主が拳を振り上げると同時にショウも拳を振り上げた。固唾を飲んでリリアンティアが見守る中、その勝負が決する。



「じゃんけんぽん!!」


「ぽん」



 店主がチョキ、ショウがパーという結末になってしまった。

 じゃんけんの勝敗は店主の勝利、負けてしまったのでおまけはなしである。これは残念な結果だ。


 薄く笑った店主は購入したりんご飴をショウに突き出し、



「ほい、残念だったな」


「勝つつもりで挑んだんですけど」


「でも勝てなきゃ意味ねえなァ」



 店主に辛辣なことを言われ、ショウは「ですね」と苦笑する。


 購入したりんご飴はリリアンティアに渡した。リリアンティアは非常に申し訳なさそうな表情でショウからりんご飴を受け取る。

 まあ、負けてしまったからには仕方がない。これは残念な結果に終わってしまったが、目当てのりんご飴は買えたことだしよしとするべきである。


 すると、



「ショウちゃんとちゃんリリ先生、どうしたの!?」


「あ、ハルさん」


「ハルア様……」



 ハルアがフランクフルトをむしゃむしゃと頬張りながら、ショウとリリアンティアの前に現れる。いつのまに購入したのか、竹串に突き刺さった太いソーセージを順調に消費していく。


 特に悪いこともしていないし、嫌なこともされていないので、ショウはハルアにりんご飴のおまけ目的で挑んだじゃんけんに負けてしまったことを素直に伝えた。じゃんけんとは動体視力の勝負にはなるものの、ここの世界では運要素の方が強いので負けてもどうってことはない。

 ハルアもじゃんけんの勝敗について思うことはなさそうである。憤るでもなく、ただショウの話を「へえ」とだけ頷いていた。



「じゃあオレがもう1回やってくるね!!」


「ハルさん、お小遣いはちゃんともらったのか?」


「ユーリからもらったよ!!」



 ハルアが親指を立て、食べかけのフランクフルトを咥えたままりんご飴の屋台に歩み寄る。それからリリアンティアが両手で握りしめるりんご飴と同じものを選ぶと、



「おまけもほしい!!」


「じゃあ、じゃんけんだな」



 店主が拳を突き出してくるのに合わせて、ハルアもまた拳を握りしめる。


 固唾を飲んでショウとリリアンティアが見守るそばで、店主とハルアのじゃんけん真剣勝負の結果が出される。

 結果はハルアがグー、店主がパーで大勝利だ。じゃんけんに勝ったことでハルアも「やったー」と声を上げて喜んだ。


 店主はハルアに売り渡した商品とはまた別のりんご飴を渡し、



「おめでとさん」


「ありがとう!!」



 見事に勝利しておまけを獲得してきたハルアは、ショウに1本のりんご飴を突き出してくる。小振りな林檎と塗りたくられた甘そうな飴がとても美味しそうだった。



「ありがとう、ハルさん」


「いいよ!!」



 円満におまけまで獲得してきたハルア、ショウ、リリアンティアは仲良くりんご飴に齧り付くのだった。

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