【第3話】

「こ、ここがここここがががかこここ!?」


「あばッ、あばばばば、あばーッ!?」


「大変だ、学院長と副学院長が壊れてしまった」



 唐突な異世界転移に、学院長と副学院長の2人がぶっ壊れてしまった。


 グローリアはワタワタとその場で狼狽え、スカイは忙しなく周囲を見渡す。以前から異世界知識に関して興味を示してくれていた2人だからこそ、その知識や文化の源である異世界へ唐突に案内されて慌てふためいていることはよく分かる。この壊れ具合を見ているだけで楽しい。

 一方で元々この『日本』で生まれ育って生きていたキクガからすれば、いわば里帰りと言ってもいいだろう。周囲を見渡して、頭上から降り注ぐ桜の花びらに見惚れている。横顔も絵になる綺麗な父親である。


 ショウは悪戯が成功した子供のように笑うと、



「では、ご飯と飲み物は現地調達ということで」


「スカイ、ここの座標は!? 調べれば異世界転移魔法の研究にも繋がるよ!!」


「見たところ座標は並行世界上にあって、でもかなり距離はあるから膨大な魔力が必要になるッスね!!」


「ちょっと、ここに来てまで魔法の研究はよしてください」



 早速お昼ご飯と飲み物を現地調達しようかと思った矢先のこと、グローリアとスカイが転移魔法の繋がっていたトイレの個室に駆け込む。目的はおトイレではなく、トイレの個室に繋がってしまった転移魔法の研究だ。おかげであとからトイレを利用していた一般人が大層驚いたような表情を向けてくる。

 エドワードとキクガに首根っこを引っ掴まれ、グローリアとスカイはトイレから引っ張り出される。親猫に連行される子猫のように大人しく引き摺り出された。さすがにはしゃぎすぎたと反省している模様である。


 呆れたようにため息を吐くショウは、



「全く、そんなにはしゃがないでくださいよ。大人でしょう」


「問題児に諭されるなんて学院長失格だね」


「何ですか、プロレス技10連発やって病院送りにしてあげてもいいんですよこっちは」


「止めてよ!?」



 余計な一言がついてきたので父親直伝のプロレス技10連発で脅しかければ、グローリアはあっさりと「ごめんって」と謝ってきた。もちろん、ショウがプロレス技を仕掛ける訳ではない。ハルアに仕掛けてもらうつもりだったので、謝ってもらったことで刑罰は見送ることにする。



「お昼ご飯と飲み物は現地調達と言いましたが、運良くここには多くの屋台が出ています。片手で食べられる軽食から甘いもの、主食相当な食べ物まで幅広く取り揃えられていますよ」


「そ、そんなに多いのですか?」


「ええ、リリア先生も腰を抜かしちゃうかもしれませんよ」



 期待と不安の気持ちが綯い交ぜになった瞳で見上げてくるリリアンティアに、ショウはちょっと悪戯心でそんな答えを返す。


 実際、見える範囲にある屋台の数はそこそこ多い。同じような料理が売られている屋台もあるのだが、出店数が多いに越したことはない。中にはキッチンカーも見えたのでより選択肢は広がりそうだ。

 ルージュも八雲夕凪も、すでに屋台の方へ興味が移っていた。2人とも異世界の食事に興味を持ってくれて嬉しい限りだが、ルージュに関して言えば変なものを食事の中に混ぜ込まないか心配になる。その辺りは注意しなければならない。



「はぐれない方がいいかもしれないから、散開するのは止めておこう。これだけ人も多いし」


「そうだな、特にハルとリリアは見失うかもしれねえし」


「だねぇ」


「そうネ♪」



 ショウの提案に同意を示してきたのは、ユフィーリアと用務員の先輩たちだ。実際、今にも走り出しそうだったハルアの襟首を引っ掴んだエドワードは「やっぱりぃ」と呆れ返っている。

 アイゼルネは桜の花びらが舞い落ちる異世界の光景に瞳を輝かせるリリアンティアと、そっと手を繋いでいた。周りのことに夢中になっている様子なので、すぐに人混みに流されてしまいそうだ。


 キクガが屋台のある方面を指差し、



「そろそろ行った方がいいのではないかね? 屋台も混むだろうし」


「ああ、そうだな」



 ショウは頷き、ユフィーリアの手を取る。キュッと指先まで絡め合わせれば、彼女は青い瞳を丸くしてショウを見てきた。



「ユフィーリアはどの屋台に興味がある? まずはお腹に溜まるものがいいだろうか」


「随分と積極的だな、いきなり手を繋いでくるなんて」


「だってこの光景はユフィーリアと一緒に楽しみたかったんだ」



 桜は今の時期しか咲かない期間限定の光景だ。散ってしまう時もあっという間である。満開の時を楽しむ期間は限られてくるのだ。

 だからこそ、この大切な時期は大事な人たちと楽しみたい。それに、最愛の旦那様であるユフィーリアにも日本が誇る桜の景色を見せてあげたかったのだ。彼女ならば絶対に気に入ってくれるだろうから。


 ショウはユフィーリアの手を引き、



「行こう、ユフィーリア。今この時を楽しまなきゃ」


「そうだな」



 繋いだショウの手を握り返し、ユフィーリアは笑う。





 ――その光景を眺めていた他の面々は、何とも言えない表情で互いの顔を見合わせる。



「俺ちゃんたちってダシに使われてないよねぇ?」


「2人だけの世界ってアレ!?」


「まあでも、連れてきてもらったんだしいいじゃないノ♪」


「相変わらずお熱いなぁ」


「ボクたちここにいていいんスかね」


「甘ったるい空気ですの」


「ショウも積極的になった訳だが」


「うーむ、何だかお邪魔虫のような気分じゃのぅ」


「仲良しさんですね」



 そんなことを言いつつも、人混みに紛れ込んでいくユフィーリアとショウの背中を慌てて追いかけるのだった。

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