【第2話】

 お花見実施当日である。



「よう、お待たせ」


「別にいいよ、それほど待ってないし」


「お前の口からそんな言葉が出てくるなんて意外だな」


「うるさいな!!」



 正面玄関に集合した七魔法王セブンズ・マギアスの面々は、普段の格好から想像できないほど普通の服装をしていた。私服姿というものをショウは初めて見るかもしれない。


 グローリアは仕立てのよさそうなシャツの下に首元まであるカーキー色のインナーを合わせ、スラリとしたズボンは足の長さを強調する。全体的に上品で爽やかそうな好青年と言ったところだろうか。

 逆にスカイは普段こそ邪悪な魔法使いのような格好をしているものの、今は色鮮やかな赤い色のタートルネックセーターと飾りベルトが目を引く細身のズボンというお洒落な格好をしていた。そんな服を持っていたのかと素直に驚く。


 呆れた表情でグローリアがスカイを小突き、



「スカイってば作業着で出かけようとするんだもん。新しく買わせたよ」


「だってボクの中で1番のお洒落着なんスよ、あの作業着」


「どの作業着でも作業着であることには変わらないでしょ、工事現場の監督さんじゃないんだよ君は」



 グローリアに手厳しく叱られて、スカイは納得していなさそうだが「ふえーい」と適当に頷いた。どうやら直前で無理やり購入させたらしい。



「ルージュ先生もドレス姿ではないのは珍しいですね」


「あら、そうですの? わたくしも洋装は久しぶりですが、ちゃんと持っていますの」



 ショウに「珍しい」と言われたルージュは、真っ赤な髪を手で払う。

 彼女の格好は大人びた真紅のセーターに白いシャツを合わせ、胸元で揺れる黒いリボンが上品さを与えている。肩から灰色のコートを引っかけたその姿は、まるでモデルのようだ。暗い色のタータンチェック柄をしたタイトスカートも相まって上品で洗練された格好であることが窺える。


 ルージュはふふんと胸を張り、



「どうですの、わたくしの格好は。褒めてくれてもいいんですのよ?」


「わあ、父さんの着物の柄とても綺麗だ」


「話を聞きなさいですの!!」



 怒れるルージュを捨て置き、ショウは父親であるキクガの格好を褒める。

 薄青の着物に細かな桜模様が織り交ぜられ、春らしい装いだ。腰を締める帯は柔らかな白色を使っており、帯留めには桜の飾りまで合わせている。艶やかな黒髪も桜色の蜻蛉玉とんぼだまが特徴的な簪でまとめて、まさにお花見の場に相応しい桜模様な格好と言えた。


 キクガは恥ずかしそうに笑み、



「夕凪翁がいい呉服屋を知っていると言うから、紹介してもらった訳だが」


「そうじゃよ。よかったらしょう殿にも紹介しようかのう」


「あ、八雲のお爺さんだったんですね」


「儂のことを何だと思っておったんじゃ!?」



 白髪の青年が八雲夕凪風に喋るものだから、ショウは素直に驚いてしまった。まさか本当に八雲夕凪だったとは思わなかった。


 そんな八雲夕凪だが、やはり極東で豊穣神と言われているだけあって和装が似合う。濃紺の着物と灰色の帯、それから墨色の羽織という全体的に暗い印象のある着物だが雰囲気があっていい。そんな格好を持っていたのかと驚きだ。

 雪のように真っ白な髪も、薄紅色の双眸も、狐の時に見た特徴を上手く引き継いでいる。妖狐は人間に化けることもあるだろうが、まさかこんな上手に人間の姿を取れるとは思わなかった。途中で変身が解けないか心配である。



「リリア先生も今日はお洒落さんですね」


「アイゼルネ様に選んでいただきました!!」



 ぴょこっと飛び跳ねて自らを主張するリリアンティアは、いつもの修道服を脱ぎ捨てて可愛い格好をしていた。

 薄桃色のシャツワンピースにセーラー服を想起させる付け襟、シャツの随所にはレースが縫い付けられたリリアンティアらしい乙女な服装である。肩から下げた熊さん型のポシェットは「姉様に昔買ってもらったんです」と自慢げに見せてきたので涙が出そうになってしまった。そんな悲しいことをぶち込まないでほしい。


 ショウの顔を覗き込んだリリアンティアは、



「ショウ様も、今日はお父様と同じ和装で綺麗ですね」


「父さんが着物を着るというから、ユフィーリアに選んでもらったんだ」



 ショウは改めて自分の格好を見直す。


 薄桃色の着物と濃紺の袴、それからゴツゴツとした厳しいブーツという服装は実はちょっと気に入っている。ハーフアップにまとめた髪を飾るのは瞳の色と同じ真っ赤で色鮮やかなリボンだ。女学生のような服装は動きやすくもあり、これから向かう場所にも適しているだろう。

 よく見ると、着物の袖には桜の花びらが散らされていて可愛らしい意匠となっていた。お花見だから桜の花びらは絶対に必要だと決めていたので、この格好に合う服装を選んでくれた旦那様には感謝だ。


 グローリアはユフィーリアたちに視線をやり、



「君たちも珍しい格好だよね」


「私服をあまり見かけないからな」


「だねぇ」


「そうだね!!」


「ネ♪」



 ユフィーリアは濃い青色のシャツと黒色の上着を組み合わせた大人っぽい格好で、エドワードは白シャツの上からフライトジャケットを着たワイルドな服装だ。ショウはどちらも見慣れているが、七魔法王セブンズ・マギアスからすれば私服姿は珍しいものがあるのだろう。

 ハルアは白と黒のシャツを2枚重ね着し、その上から大きめの上着を羽織っている。足元は彼こだわりの運動靴だ。アイゼルネは着物風のワンピースで帯によって腰を締めており、花魁を想起させる盛り髪が華やかだ。華奢な肩やくっきりと刻まれた胸の谷間は男性陣の劣情を誘うが、側に野獣のような顔つきのエドワードが控えているので狙われることはなさそうだ。


 ショウは「それでは」と手を叩き、



「行きましょうか」


「あれ、外に出るの? 転移魔法を使うけど」


「いいんです」



 首を傾げるグローリアをよそに、ショウは正面玄関の脇に設けられた通用口の扉を開ける。


 扉を開けると、春の暖かな気温が肌を撫でた。遅れて人のざわめきも耳朶に触れる。

 どうやらどこかの公衆トイレに繋がったようで、薄暗い個室から抜け出ると目の前を桃色の花弁が横切った。空を見上げると、雪のように桜の花弁が降ってくる。


 立ち並ぶ無数の桜の木々を見上げ、大勢の花見客が訪れていた。中にはお弁当やお酒なんかも持ち込んで賑やかに宴会をしている。楽しそうな花見の雰囲気だ。



「わあ、凄いね」


「見事な桜ッスね」


「あら、素敵ですの」


「…………」


「ほほう、これは素晴らしいのう」


「わあ、綺麗です!!」


「凄え桜の数だな」


「人で賑わってるねぇ」


「凄えね!!」


「とても綺麗な桜だワ♪」



 七魔法王と問題児が目の前の見事な桜たちにはしゃぐ中で、この光景に覚えがあるキクガがショウに問う。



「ショウ、ここは上野かね?」


「よく分かったな、父さん。正解だ」


「え、じゃあまさか」



 振り向いたユフィーリアに、ショウは笑顔で親指を立てた。



「ようこそ、異世界に」



 ――七魔法王セブンズ・マギアスから悲鳴が起きたのは言うまでもない。

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