みんなでお花見デート

【第1話】

「お花見に行きたいです」



 最愛の旦那様、そして尊敬できる用務員の先輩たちに向けてショウは自分の欲望を告げた。


 春の気配が近づいてきた今日この頃、気温も過ごしやすい暖かさを取り戻してきた。そろそろこの時期だと桜が咲いていてもおかしくはない。

 そんな訳で、ショウは『お花見』を提案してみた。この世界では花宴と呼ぶ行事だが、元の世界ではお花見という呼ばれ方が常識的である。だからあえてこの呼び方をしてみたのだ。


 広げていた魔導書を閉じたユフィーリアは、



「花見って、花宴のことか?」


「ああ」


「いいかもねぇ、ちょうど暖かくなってきたしぃ」



 ショウの提案に同調してきたエドワードは、



「植物園の雪桜も見頃じゃないのぉ?」


「いえ、今回はお外に行きたいです」


「お外♪」



 ショウの言葉に反応を示したのは、お茶の準備中だったアイゼルネだ。彼女は首を傾げると、



「桜なら極東地域にも群生しているけれど、極東までお出かけするのかしラ♪」


「ダメだろうか……?」



 もしかしたらあまり気乗りではないかもしれない、とショウはちょっとしょんぼりする。

 この世界にやってきた時、花宴を経験して楽しかったのだ。また全員で花宴を――お花見をしてみたかった訳である。ただ、あれは準備が面倒という点も考えられるだろうから、今度は外に出かけることでお弁当などを現地調達しようという目論見があった。


 アイゼルネは「違うのヨ♪」と言い、



「お外で花宴なんて珍しいと思ったのヨ♪」


「お弁当とか飲み物を現地調達すれば、ユフィーリアやエドさんの負担が減らせるんじゃないかと思って」


「あら、それは素敵だワ♪」



 お弁当や飲み物を現地調達するという話に、アイゼルネは「名産品が楽しめるわネ♪」と弾んだ声で言う。



「現地調達するってのはいい手段だな。面白そうだし」


「色々買ってみんなで食べればいいじゃんねぇ」


「甘酒とかあるかしラ♪」


「わあ、すっかり乗り気だ」



 ショウは思わず笑みが溢れる。大人たちはすっかりお花見に乗り気で、何を買うかと会話を交わしていた。ここで断られたらどうしようかと思っていたのだが、杞憂に終わってよかった。


 すると、今まで黙って話を聞いていたハルアが「はい!!」と元気よく挙手をする。いつもなら元気に会話へ混ざり込むはずの先輩が、今日ばかりは最後まで話を大人しく聞いているという非常に珍しい行動を取っていたのだ。

 琥珀色の瞳を輝かせ、抱えていたウサギのぬいぐるみを放り捨て、ハルアはユフィーリアに回答を促されるより先に自分の意見を口にする。それはショウも「可能であれば」と想定していたことだ。



「みんなも誘おうよ!! 学院長とか!!」


「グローリアか、あいつ来るかな。副学院長とか忙しそうだし」



 ユフィーリアは難しげな表情を見せる。


 学院長であるグローリア・イーストエンドや副学院長のスカイ・エルクラシスなどは、ヴァラール魔法学院の経営も担っているので多忙を極める。休みの日でも魔法の研究や魔法工学の授業準備などに追われている印象だ。彼らが休んでいる時など、ショウは見かけたことがないかもしれない。

 加えて、問題児と名高いユフィーリアたちの誘いへ素直に応じるかも疑問である。スカイは「面白そうだからいいッスよ」と二つ返事で了承しそうなものだが、グローリアの方は嫌そうな表情でも見せそうだ。純粋にお花見を楽しみたいというお願いも疑ってきそうである。


 ユフィーリアは「まあでも」と手を叩き、



「こういうのは大勢の方がいいだろ。グローリアとスカイも呼ぶなら七魔法王全員呼ぶか」


「ショウちゃんパパとちゃんリリ先生も忙しくないかな!! 大丈夫かな!!」


「親父さんの場合は何が何でも来そうだし、リリアの場合は他の聖女に仕事を引き継がせればいいだろ。たまには息抜きも必要なんだよ、あいつにも」


「八雲の爺ちゃんは!!」


「あいつは勝手に来るだろ、一応言っておくけど」



 ユフィーリアは通信魔法専用端末『魔フォーン』の表面に指先で触れると、



「花宴いつやる?」


「週末の方がいいだろうか。人混みが大丈夫か?」


「いや、週末の方が予定を合わせやすいだろ」



 ショウの提案を受け入れたユフィーリアは、早速とばかりに魔フォーンで通信魔法を飛ばす。



『何、ユフィーリア。学院長室に285個のびっくり箱を仕掛けた言い訳?』


「楽しかっただろ?」


『心臓が止まるかと思ったんだけど!!』



 通信魔法に応じてグローリアは、大層怒っていた。しかも怒っている内容が「学院長室に仕掛けられた285個のびっくり箱」である。全力で何をしているんだと思いたいが、これはショウも一枚噛んでいるので何も言えない。

 実は購買部で『びっくり箱作成キット』なるものが投げ売りされていたから、在庫の限りだけ購入して全て学院長室に仕掛けてきたのだ。その悪戯が発動されたことについてお怒り気味である。


 ユフィーリアはケラケラと笑い飛ばし、



「まあその話は隅に追いやっといて」


『あとでしっかり怒るからね』


「花宴しねえか? ショウ坊の提案で、飲み物と食い物を現地調達するんだよ」


『花宴?』



 グローリアは『週末ならいいよ』と応じ、



『ちょうど予定していた魔法の実験が資材不足で予定調整になっちゃったからさ。やることもなかったし』


「じゃあ財布だけ持って正面玄関に集合しろよ」


『分かったよ。君たちもちゃんとお財布ぐらい持ってきなよ、僕にたかるような真似をしたら他人のフリするからね』


「元から他人だろ」


『そうだけども!!』



 グローリアが『あ、ちょっとユフィーリアびっくり箱の件は終わって』とびっくり箱の件で説教をしようとしていたので、ユフィーリアは強制的に通信魔法を切断した。あのまま行けば何時間も魔フォーン越しに説教をされるところだっただろう。

 折り返しの通信魔法がかかってくる前に、ユフィーリアは副学院長のスカイにも予定を聞いていく。順調に人員は集まりそうだ。


 ショウとハルアは互いに顔を見合わせ、



「楽しみだね!!」


「ああ」



 ユフィーリアと副学院長のやり取りを聞きながら、ショウは週末のお花見に思いを馳せるのだった。

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