【第3話】

「お買い物に付き合わせちゃってごめなさいネ♪」


「いえ、アイゼさんが楽しんでいただければエスコートのやり甲斐があります」



 薬局の袋を手に提げたアイゼルネは「嬉しいことを言ってくれるワ♪」と弾んだ声で返す。


 あれから化粧販売員のお姉さんと一緒に熱い議論を交わし、自分の意見も交えつつ的確に答えられていたアイゼルネは素直に凄いと思う。自分自身の肌の事情だけではなく常日頃から面倒を見ているユフィーリアのことまで気にかけていたのだ。

 多数の化粧品を勧められ、その最適解を導き出せる手腕はさすがお洒落番長と名高いアイゼルネである。もしショウだったらお勧めされるままに化粧品を購入していただろう。


 ショウは「では」とアイゼルネの手を取り、ついでに彼女の手から化粧品の袋をさりげなく奪い取る。こういう荷物持ちはエスコートする側の義務だとかつて学校のクラスメイトから借りた少女漫画で学んだ。



「次に行きましょうか。ちょっとお値段が高くなってしまうのですが」


「入場料でもかかるのかしラ♪」


「いえ、入場料はかからないんです。ただ――」



 言い淀むショウは、覚悟を決めてアイゼルネに真実を伝える。



「その建物に入っているお店、全体的にハイブランドだから高いんですよね」



 ☆



 そんな訳で、六本木を象徴するあの建物へやってきた。



「きゃー♪」


「お気に召していただけましたか?」


「素敵な場所♪」



 アイゼルネは目の前に広がる光景に、はしゃいだ声を上げる。


 建ち並ぶ店はハイブランドの洋服や鞄などが並んでおり、それぞれの店舗の入り口には黒いスーツを着た従業員が待ち構えている。通路に面した壁は全体的に硝子張りとなっており、デザイン性の高い棚に並べられた商品は一目で高級品であることが理解できる代物ばかりだ。

 1歩でも足を踏み入れれば、何か商品を購入しなければならないような雰囲気がこれでもかも漂っており、簡単に入店が許されないと感じてしまう。本当は気軽に商品を見るだけでもいいのだろうが、伽藍とした店内の雰囲気から判断しても踏み込むことに躊躇してしまう。


 ショウはどの店に入ろうかと悩むアイゼルネを見やり、



「どこか気になるところはありますか? ちょっと商品が高いのが懸念点ですけど……」


「あらやダ♪」



 アイゼルネは「安心してちょうだイ♪」と言い、



「ちゃんとお金は自分で持ってきたワ♪ ユーリに換金してもらったのヨ♪」


「ま、またですか!?」



 ショウは頭を抱えた。異世界デートでショウがエスコートをする側なのに、どうして大人組は金額を負担するようなことをするのか。エドワードの時はまだ彼女役だったから理解できるが、アイゼルネの場合は言わば彼氏役なので情けないことになってしまう。

 今回こそは金額を負担しなければならない。先程の化粧品購入の時だって一銭も出すことは許されなかった――というか気がついたら会計まで終わっていたのだ。そんな事態になることは避けたいものである。


 ショウは意を決してアイゼルネへと向き、



「すみませーン♪ お邪魔しまース♪」


「アイゼさぁん!?」



 ショウは思わず叫んでいた。


 アイゼルネが意気揚々と足を運んだのは、ブランド品に疎いショウでも知っているようなハイブランドのお店だったのだ。店の入り口に立っていた黒いスーツ姿の従業員は恭しくお辞儀をするなり「いらっしゃいませ」と出迎えてしまう。

 店の雰囲気も相まって利用者は金持ちそうな見た目をした女性客ばかりである。取り扱っているものも女性が使うようなデザインの鞄や財布ばかりなので、利用者も自然と女性に限定されるのは分かる。


 店内を物色するように見回すアイゼルネは、



「素敵な商品ばかりだワ♪ 目移りしちゃウ♪」


「あ、アイゼさん、さすがにこのお店は場違いと言いますか……あとお金出せないと言いますか……」


「出す必要はないじゃなイ♪」



 アイゼルネは白魚のような指先で、ショウの薄い胸板を軽く小突く。見惚れるほどの美貌に綺麗な笑みを乗せた彼女は、



「ショウちゃんはおねーさんの買い物に付き合う荷物持ち兼護衛ヨ♪ 気分は執事だと思いなさいナ♪」


「せめてメイドで」


「そこはこだわるのネ♪」



 アイゼルネに言われ、ショウはいくらか気分が楽になる。開き直ってしまえば緊張感もなくなった。

 そう、今日のショウはアイゼルネの彼氏ではない。彼女を悪漢から守る護衛であり、彼女が心置きなく買い物を楽しめるように徹する荷物持ちだ。彼氏ではなく侍従として付き従えば不思議とハイブランドの店にも居座れる気がした。


 自分の中の気持ちを切り替えたショウは、



「それではお嬢様、何をお求めですか?」


「ショウちゃんもノリノリじゃなイ♪ おねーさんも楽しくなっちゃウ♪」


「こういうのは雰囲気が大事でしょう?」



 アイゼルネは小さく笑うと、



「じゃあ、おねーさん赤い鞄がほしいんだけれど何かいいのはあるかしラ♪」


「赤い鞄と言うと、肩から提げるものがいいでしょうか。あちらの革製の鞄はお嬢様のお洋服のお色によく似合うのでは?」


「もう少しハッキリした赤い色がいいのヨ♪」


「でしたら今流行りの小さい鞄がありますね。こちらはいかがでしょうか、お嬢様」



 それから、ショウとアイゼルネはお嬢様と侍従の設定で鞄を物色するのだった。どちらも設定に忠実だったので、鞄を選ぶだけでもまあまあ楽しかった。

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