【第2話】

 ショウがデート先に選んだのは大人がたくさんいる六本木である。



「本当は原宿か渋谷の方がいいのかなって思ったんですけど、やっぱりアイゼさんは大人っぽい印象があるので服の趣味が合わないかと」


「こんな素敵な街に連れてきてくれるなんて嬉しいワ♪」



 アイゼルネは感激のあまり、ショウに抱きついてくる。布地を押し上げる柔らかな果実を押し付けられて、思わず心臓が高鳴ってしまう。


 無機質な都会の街並みを、アイゼルネは気に入ってくれたようだ。今日の服装にもよく合っている雰囲気だし、やはり港区系に連れてきて正解である。本当はホテルで美味しいご飯という手段もあったのだが、アイゼルネは買い物をしたいだろうからショッピングに付き合うとしよう。

 ショウが周囲を見渡すと、ちょうど有名な交差点の付近に来ているようだった。空中に浮かんだ道路――高速道路に英語で『六本木』とある。ショウもこの都会の街を訪れたことはないが、クラスメイトの話を思い出せる範囲で案内を試みよう。


 アイゼルネの手を引くショウは、



「アイゼさんは何が見たいですか? やっぱりお化粧品がいいですか?」


「あら、お化粧品もあるのかしラ♪」


「ちょうどすぐそこに薬局が……」



 ショウが振り返った先に、探していた薬局があった。


 知る限りで有名な薬局である。ショウの世界では何店舗も展開されており、ここもそのうちの1つだ。

 ショウの生まれ故郷であるこの日本は医療技術が発達しているので医薬品の品質が高いと言われている。さらに敏感肌や皮膚炎にも適した化粧品や医薬品なども多数存在しているし、化粧の販売員に気軽に質問が出来るので彼女としても嬉しいだろう。


 薬局を示したショウは、



「行きますか?」


「いいのかしラ♪」


「ええ、もちろん。今日はアイゼさんのやりたいことをしましょう」



 ショウはアイゼルネの手を引いて、薬局の店内に足を踏み入れる。


 所狭しと並べられた棚には医薬品が揃えられており、中には携帯食料やお菓子なども販売されていた。2階に向かう階段が店奥に伸びており、やや段差の高さが目立つ。階段の手すりには化粧品のチラシが何枚が貼り付けられており、雑多な感じが薬局らしさを出していた。

 アイゼルネが転ばないように誘導し、ショウは何とか階段を上り切る。1階よりも2階の方が人の出入りは少なく、数多くの商品が取り揃えられているものの客はおらず伽藍としていた。


 そして、目当ての化粧品が山のようにある。化粧品のメーカーから用途まで多岐に渡る商品が並んでいた。



「まあ凄いワ♪」


「凄いですね……」



 初めて薬局の化粧品コーナーを訪れたが、これほど商品が多いと目移りしてしまう。果たしてどれがアイゼルネの肌に合う商品なのだろうか。



「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


「あラ♪」


「あ」



 適当な棚を見て狼狽えていたショウとアイゼルネを見かねて、化粧品の販売員が声をかけてきてくれた。黒いタイトスーツがよく似合う大人のお姉さんである。綺麗にまとめた頭髪に目立たないようなアクセサリー、そして化粧も薄く施されているものの綺麗さを引き立てていた。

 柔らかな笑みを浮かべていた販売員のお姉さんだったが、アイゼルネの美貌に一瞬だけ黒い瞳を見開く。あまりにも完成された美貌だから驚くことも無理はない。ショウもアイゼルネの素顔を目の当たりにして緊張気味である。


 販売員のお姉さんは軽く咳払いをし、



「どのような化粧品をお探しですか? もしよろしければカウンセリングなんかも承ってますよ」


「おねーさん、体調とか季節でお肌の調子が変わっちゃうのよネ♪ いい化粧品は何かないかしラ♪」


「ああ、ゆらぎ肌なんですね。かしこまりました」



 販売員のお姉さんはカツカツと靴を鳴らしながら店内を歩き、それから目当ての商品を持ってアイゼルネの前に戻ってきた。

 その手に持っているのは商品の箱と、その商品の試供品である。小さいボトルは手のひらに隠れるほどの大きさしかなく、そのうちの試供品をアイゼルネに手渡す。


 販売員のお姉さんは営業スマイルを崩さず、



「こちらの化粧水はヒアルロン酸が配合されているんですよ。ゆらぎ肌の方にぴったりです」


「化粧水のタイプもサラサラしていて使いやすいワ♪」


「普段使いの化粧水とお肌が敏感になってしまう時などで使い分けるといいかもしれませんね。普段はどのようなものをお使いに?」


「普段は知り合いにもらったものだからよく知らないのヨ♪ 出来れば普段使い用も見繕ってくれると嬉しいワ♪」



 販売員のお姉さんは「ではお肌の確認をしますね」とアイゼルネを店内に置かれた椅子に案内する。椅子の前には鏡が設置されており、化粧品を試すことが出来るようになっている様子だった。

 アイゼルネの前に、お姉さんが用意した大量の化粧水の箱と試供品が並べられる。どれも品質はよさそうだが、ショウではどれが適しているものなのか分からない。ここはアイゼルネに任せるしかない。


 お姉さんは1つ1つの化粧水の箱を手に取り、



「こちらの化粧水は――」


「おねーさん、この化粧水のタイプは好きじゃないワ♪ こんなにベタベタしちゃうと困っちゃウ♪」


「でしたらこちらは」


「あら、ちょっとしっとりタイプなのネ♪ しっとり系は好きヨ♪」


「こちらもぜひお試しを。こちらは――」


「お肌が潤うわネ♪ うーん、でもしっとり感はさっきの化粧水の方がよかったかしラ♪」



 販売員のお姉さんとやり取りをするアイゼルネは、このあとしっかり化粧水とユフィーリア用の化粧水と冷感ジェルを購入していた。

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