アイゼルネとショッピングデート

【第1話】

「お待たセ♪」



 正面玄関に現れたのは、綺麗に着飾ったアイゼルネである。


 普段は南瓜のハリボテで頭部を覆い隠しているが、今日に限ってはその美貌が露わになっていた。ツンと高い鼻筋に覗く角度で色を変える瞳、白磁の肌は異性を虜にすると言ってもいいだろう。人形のように整った顔立ちは息を呑むほど美しく、彼女が苦手意識を持っている頬の傷跡は綺麗さっぱりなくなっている。

 緩く巻いた緑色の髪にタートルネックの黒いセーター、オフショルダーの赤いワンピースを重ね着している。彼女の華奢な肩が剥き出しになっており、アイゼルネらしいセクシーで大人っぽい服装と言えた。


 ワンピースから伸びる球体関節が特徴的な両足は黒い長靴下で覆われており、踵の高い靴を華麗に履きこなす。肩から下げた細い鎖が特徴的な小さな鞄は、素材やデザインを鑑みると高そうな印象を受けた。



「いえ、それほど待っていないです」


「あら、嬉しいことを言ってくれるワ♪」



 アイゼルネは正面玄関で待ち構えていたショウに視線をやり、



「あら、ショウちゃんは随分と大人っぽい格好ネ♪」


「そうでしょうか」



 ショウは改めて自分の格好を見直す。


 カーキー色のタートルネックセーターへ重ねるように真っ赤なキャミソールを合わせ、焦げ茶色の大きめな上着を羽織る。太腿までの長さしかない短パンは飾りベルトなどで大人っぽく仕上がっており、真っ白な長靴下を履いて露出は最低限に抑えた。

 足元を飾るのは真っ黒いストラップシューズである。アイゼルネの隣をちゃんと歩けるように磨くことも忘れなかった。鞄は簡素なデザインの小さな手持ち鞄で、中身は財布や通信魔法専用端末『魔フォーン』ぐらいしか入れていなかった。


 頭に乗せたベレー帽をいじるショウは、



「アイゼさんは大人っぽいから、ちょっと頑張って背伸びをしてみました」


「可愛い努力だワ♪」



 アイゼルネは楽しそうに笑い、



「ショウちゃん、おねーさんをどこに連れて行ってくれるのかしラ♪」


「うーん……」



 ショウは悩む。


 順番にデートへ誘い、順番的に言えばアイゼルネである。ただ困ったことにアイゼルネが好みそうな場所なんてショウは行ったことがなかった。

 お洒落な街はいくつか知っているのだが、案内するとなると別である。下手をすれば道に迷ってしまう可能性だってあるのだ。それに、年齢や彼女の好みそうな服装を鑑みるとお洒落な服が揃えられた街に連れて行ってもアイゼルネを困らせてしまうだけかもしれない。


 そのことを踏まえた上で最終的に答えを導き出したのだが、果たしてこれから連れて行く場所をアイゼルネが気に入ってくれるか問題である。これはデートなのだから、彼女を満足させるのが最優先だ。



「これからお連れする場所が、果たしてアイゼさんが気に入ってくれるか心配なのですが……」


「あラ♪」



 アイゼルネは心外なとばかりに肩を竦め、



「ショウちゃんが一生懸命に選んでくれた場所だもノ♪ どんな結果になってもおねーさんは構わないワ♪」


「ならいいですけど……」



 ショウはアイゼルネの華奢な手を取り、



「今日は俺がエスコートをする日です、あまり無茶なことをしてはダメですよ」


「無茶なことなんてしないわヨ♪」


「では訂正しますね」



 アイゼルネの手をほんの少しだけ強めに握ったショウは、



「男の人のお尻にブスッとしたり、マッサージで撃退するのはダメですよ」


「…………♪」


「これが守れないなら連れていけませんからね」


「分かったワ♪」



 アイゼルネは渋々と言ったような風に返す。


 彼女は大の男性嫌いで有名だ。きっかけは彼女の前職である娼婦であり、蔑む男性だったり娼婦だからと襲いかかってくる男性が多かったらしい。今では自己肯定感爆上げ魔女のユフィーリアやエドワード、ハルアなどといった男性としてもよく教育が行き届いた2人に守られているから反撃する気力は出てきたらしい。

 その反撃がよくないのだ。アイゼルネは隙あらばお尻をブッ刺してきたり、マッサージで気絶するほど気持ち良くさせたりするのだから侮れない。下手にそんな暴力に及べば警察に捕まりかねない。


 まあ、その前にショウが守ってあげればいいだけだ。ショウだって女装をしているけれど男の子である、女性であるアイゼルネぐらい守れなければならない。



「ではアイゼさん、覚悟はいいですか?」


「そこまで覚悟をしなければならない場所なのかしラ♪」


「ええ、きっとビックリしちゃいますから」



 アイゼルネの手を引き、ショウは正面玄関の巨大な扉の脇に設けられた従業員用の通用口を潜る。


 扉の向こうに足を踏み出した途端、雑踏と甲高いクラクションの音が鼓膜に突き刺さる。目の前を通り過ぎた少女たちは大人っぽい服装に身を包み、薄い板切れの表面に指を滑らせてどこかを目指していく。スーツ姿のサラリーマンは早足でショウとアイゼルネの目の前を通過し、時折、少女たちが使っていたような薄い板切に向かって話しかけていた。

 背の高い建物が乱立し、視界を塞ぐように空中に浮かんだ道路が伸びる。大量の車が行き交い、とても賑わっていることは嫌でも分かる。


 見たことのない都会の街並みに、アイゼルネは「まア♪」と驚いた。



「凄い場所ネ♪」


「ようこそ、異世界へ。ここは俺が育った国です」


「素敵だワ♪」



 アイゼルネは嬉しそうに都会の街並みを見回している。どうやらショウの選択は間違えていなかったようだ。

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