【第5話】

 ゲームセンターの隅っこに移動である。



「子供たちは親御さんと一緒に帰ってよかったな」


「うん!!」



 ショウの言葉に、ハルアは満面の笑みで頷く。


 不良たちに襲われそうになっていた子供たちは、ショウが親御さんを見つけて引き渡したのだ。その時に子供たちは泣きながら「ハルアは悪くない」と訴えてくれたので、子供たちを泣かせた悪い奴という認識に至らず済んだ。

 ハルアの服に付着した涙と鼻水の跡も功を奏し、親御さんは子供たちを叱りつけたあとに帰っていった。どうやら親御さんたちが井戸端会議をしている間に、子供たちでゲームセンターを訪れてしまったようだ。悪い子供たちである。


 ハルアはベンチに腰掛け、



「オレが膝を折っちゃった子はどうしたの!?」


「外に放り出しておいた。誰かが回収に来るか、救急車でも呼んでくれるだろう」


「そっか!!」



 ハルアは「無事ならよかったなぁ」と言う。


 彼が傷つけた不良の少年は、ショウが最愛の旦那様であるユフィーリアから預かった傷薬を飲ませて外に放り出しておいたのだ。怪我も完治していたのでこれで大丈夫だろう。多少のトラウマは残るだろうが、ご愛嬌だ。

 ユフィーリアがこの事件を見越しておいてくれてよかったと思う。ショウでは相手を燃やして骨にするぐらいしか思いつかなかったので、傷薬を持たせてくれたユフィーリアには改めて感謝しなければならない。


 ショウはハルアを睨みつけ、



「ハルさん、武器を持ってこないのはいいことだが殺そうとするのはよくないぞ」


「う」


「この世界では暴力を振るえば捕まってしまう。ユフィーリアもいないんだから助けてもらえないぞ」


「ごめんなさい……」



 しょんぼりとハルアは肩を落とす。


 別に彼が悪いことをしようとした訳ではない。むしろ、ハルアが子供たちを助けに入らなかったら重傷を負っていたかもしれないのだ。

 穏便に済ませることが出来なかったのは悪いことだが、全てがハルアの責任ではない。それは間近で見ていたショウが1番理解している。


 だから、



「ハルさん」


「ひゃッ!?」



 ショウは購入したばかりのアイスをハルアの頬に押し付けた。


 あまりの冷たさに飛び上がるハルア。冷たい頬を押さえて琥珀色の瞳を瞬かせ、ショウの握るアイスの棒を見つめていた。

 ショウが購入したのは自動販売機で購入できるタイプのアイスである。値段も比較的安価で割とどこにでも見かける機械なので、このゲームセンターにもあってよかった。



「ハルさんが悪いことをしたとは思わない。確かに説得をしないでいきなり相手の膝を折ったことは悪いことだろうが、貴方がいなかったら子供たちは痛い目に遭っていただろうし」


「でも迷惑をかけちゃったことは確かじゃない?」


「バレなきゃいいんだ、バレなきゃ」



 ショウはハルアに購入したバニラアイスを持たせてやり、自分もまた購入したばかりの抹茶アイスの包装紙をピリピリと破く。マラカスみたいな形をしたアイスに齧り付くと、何だか懐かしい甘さが口いっぱいに広がった。

 ハルアも真似をするようにバニラアイスの包装紙を剥がすと、大きな口で真っ白なアイスに齧り付く。アイスにはカラースプレーが散らされており、甘さの中にカリカリとした食感があってハルアの瞳が輝いた。


 齧りかけのバニラアイスに視線を落としたハルアは、



「美味え!?」


「このアイス、安くて美味しいんだ」



 ショウはベンチの隣にある自動販売機を指差し、



「自動販売機で買えるぞ」


「じどーはんばいき!?」


「この箱みたいなものだ。お金を入れて、商品のボタンを押すとお目当ての品物が出てくるんだ」


「凄え便利!!」



 ハルアは「ほへえー」と自動販売機を興味津々そうに眺めている。


 これほど自動販売機に興味を示すのであれば、お菓子やパンなどが売っている自動販売機なんて目にしてしまったら大変だろう。ヴァラール魔法学院には自動販売機なんて気の利いたものはないので、24時間商品が買えるような場所はない。

 もしも、ヴァラール魔法学院に自動販売機が設置されることになるのだとすればどんなものになるだろうか。飲み物は外せないだろうが、お菓子などの食品が売っているものもいいかもしれない。冷凍食品が売っているものもあれば学生たちも喜ぶだろう。


 そんなことを考えながらショウがアイスを完食すると、



「オレ、ショウちゃんとこの世界に来てよかったな」


「え?」



 振り返ると、ハルアは清々しいほど綺麗な笑顔を見せていた。満足げにアイスを食べながら、彼は言葉を続ける。



「こんなに楽しい日はないもん。ショウちゃんは色んなことを知ってて、オレの自慢の後輩だね!!」


「俺も、ハルさんのことは自慢の先輩だと思ってる」



 行動力があり、弱きものを助けて強い相手を挫くヒーローみたいな先輩。いつだって誰かを守る時に意思を持って戦って、泣いている相手を見過ごさない。

 それが、ショウの尊敬できる先輩であるハルア・アナスタシスという少年だ。多少の手加減が出来ないお馬鹿さ加減は目を瞑ったとしても、自慢の先輩なのだ。


 ハルアは照れ臭そうに笑うと、



「嬉しいな。オレ、ショウちゃんの自慢の先輩になれてるかな?」


「ああ。ヒーローみたいで格好いいぞ」



 じゃんがじゃんが、というゲームセンターの雑音の中に、ショウとハルアの笑い声が混ざり込む。彼らの絆はより一層深まったことだろう。

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