【第4話】

「楽しかったワ♪」


「2つも買っちゃいましたね」


「お買い物を盛り上げてくれたんだから、従業員の人にもサービスしなキャ♪」



 買い物を終えたアイゼルネは清々しげな表情を浮かべている。


 後ろに続くショウの手には、大きめの紙袋が2つほど握られていた。どちらもアイゼルネが購入した鞄である。

 お嬢様と侍従の設定で買い物を楽しんでいたら、従業員も一緒になって選んでくれたのだ。しかも鞄の発売時期や用途などを交えたセールストークが上手く、アイゼルネの鋭い質問にも立板に水のごとく答えていたので、その姿勢は見習うべきだろう。


 アイゼルネは背筋を逸らして伸びをすると、



「お買い物していたらお腹が空いちゃったワ♪」


「もうお昼ですもんね。どこかでご飯を食べますか?」


「どこかいい場所を知っているかしラ♪」


「アイゼさんが気に入りそうな場所をいくつか見繕っています。ご安心ください」



 買い物に没頭すれば必ずお腹が空いてしまうことを見越して、アイゼルネの胃の許容量でも問題なく食べられそうな場所をすでに選択済みだ。目玉が飛び出るほどのお値段ではなく、手頃な金額でも高級感あふれるような場所はいくつもある。特にこの六本木にはそう言った店は多い傾向だ。

 実のところ、選んだ店にはショウの願望も織り交ぜられていた。ご飯のあとにあわよくば甘いものも食べたいと密かに考え、食後のデザートが提供されるようなお店を選んだ訳である。どうせなら美味しい食事も楽しみたいものだ。


 アイゼルネは「いいわネ♪」と言い、



「じゃあショウちゃんにエスコートをお願いしちゃうワ♪」


「お任せください。場所も完璧に把握していますので」



 ショウが選んだお店までアイゼルネを案内しようとした矢先のこと、横から唐突に「ねえねえ」と軽薄な声が飛んでくる。


 パッと顔を上げると、男性の2人組がショウとアイゼルネの行手を阻むように立ち塞がってきた。どちらも都会の街に溶け込む身綺麗な格好をしており、清潔感のある服装と髪型は警戒心を薄れさせる。爽やかそうな笑顔も異性にとっては好印象だろう。

 ただし、声から漂う軽薄感は拭えない。下心満載であることは明らかだった。2人組の男性が値踏みするようにアイゼルネの頭の先から爪先まで観察し、それから笑顔を濃くする。彼らのお眼鏡に適ったとばかりの不愉快極まる態度である。


 ショウはアイゼルネを守るように背中で庇い、



「話すことはありません、どこかに行ってください」


「声低いね、ハスキーボイスって奴?」


「お友達? じゃあ一緒にご飯でもどう?」



 何と言うことだろう、この野郎どもはショウも女の子だと勘違いする始末だった。

 確かに今のショウは女装の影響で身長が高くて声が低い綺麗めの女の子に見えるだろうが、しっかり男の象徴を搭載した歴とした日本人男性である。性的嗜好もユフィーリアただ1人だ。こんな軽薄そうな雰囲気がダダ漏れの雄どもに用はない。


 ショウの腰を抱こうとしてきた男に拳を叩きつけてやろうと拳を握った時、後ろから伸びてきた白魚のような指先がまるで恋人のように男の手を握ってきた。



「あら、素敵な男の子ネ♪」



 アイゼルネが綺麗に笑っている。その笑顔で虜にならない男はいない。



「お誘いしてくれるなんて嬉しいワ♪」


「いやー、こっちもこんなに美人となぁ」


「本当っすわ、ははは」



 野郎どもの笑顔が引き攣っている。大方、アイゼルネの美貌を前に緊張しているのだろう。下心を完全に隠せないような間抜けどもは、すっかりショウから標的をアイゼルネに移していた。


 これはまずい。非常にまずい。何がまずいって、アイゼルネの性格を鑑みると理解できる非常事態である。

 アイゼルネは大の男性嫌いだ。かつての職業が原因で男性が舐めた態度を取ってきたり、逆に襲いかかってきたりと被害に遭ったからである。それ以来、知り合い以外の男性を前にすると尻に太い針を注入するという暴挙に及ぶのだ。


 ショウはアイゼルネから男性を引き剥がそうとすると、



「あら、ゴミがついてるわネ♪」



 そう言って、アイゼルネは男性と繋いでいた手を離す。



「ごめんあそばセ♪」


「ひ、ひいッ!?」



 男性は悲鳴を上げると、繋いでいた右手を思い切り振り払う。彼の手にはゴミすら付着していない綺麗な手だが、その右手には何か恐ろしいものでもついているかのような反応を見せた。

 一緒にいた仲間の男性は変なものでも見るかの如き視線を隣にくれるが、彼の右手に視線を落とした途端に「うわ!!」と叫んで距離を取る。やはりそこには何もないのに、こんな反応を見せるのはもはや異常と言ってもいい。


 アイゼルネは「やだワ♪」と言い、



「ほら、集ってきてるわヨ♪」


「う、うわあああああああああ!?!!」


「ぎゃあああああああああああ!!!!」



 2人組の男性は甲高い絶叫を建物全体に響かせ、屁っ放り腰になりながらも逃げ出す。もう間違いなく何かあったと言ってもいい反応である。


 彼らが逃げた理由に見当がついていた。アイゼルネによる幻惑魔法である。

 アイゼルネが得意としている幻惑魔法の精度は、魔法の天才と言わしめるユフィーリアさえも凌駕するほどの腕前だ。精巧な幻覚は魔法の有識者であっても「本物か」と見紛うほどで、魔法に馴染みのない彼らなど簡単に騙される。


 遠ざかっていく男性たちの背中を眺めたアイゼルネは、悪魔のようにくすくすと声を押し殺して笑った。



「あらあラ♪ あんなに叫ぶなんてお猿さんみたいネ♪」


「ええー……」



 男性たちを助けることが叶わなかったショウは、アイゼルネを彼らから引き剥がそうとした手を引っ込めるのだった。

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