【第2話】

 ぬいぐるみや人形の箱などの景品を詰めた筐体に実際の車を運転できる気分が味わえるレースゲーム、太鼓を模したリズムゲームなど様々な娯楽で溢れていた。

 それらから発される音が不協和音を奏でており、さらに薄暗い室内に女性や男性のやたら大きな声が反響する。遅れてがらーんがらーんというけたたましい鐘の音まで鼓膜に突き刺さる。びかびかと目に優しくない光もショウとハルアの網膜に焼き付く。


 どこかも分からないゲームセンターに足を踏み入れ、ハルアは琥珀色の瞳をキラキラと子供のように輝かせた。



「凄えね、ここ!!」


「ハルさんと一緒なら楽しめるだろうと思ったんだ」



 ショウは「ほら」と箱のような見た目の筐体を指差す。



「これはUFOキャッチャーと言うんだ」


「この箱に名前があんの!?」


「天井から機械がぶら下がっているだろう。あれを上手に使って中の景品を掴むんだ」



 箱の天井には3本の爪が特徴的なアームが取り付けられており、ボタン操作で動く仕組みになっているようだった。中の景品として置かれているのは一抱えほどもある兎のぬいぐるみで、首に巻かれたリボンとふわふわな毛皮が愛らしい。

 ハルアはそのぬいぐるみの可愛さに早くも魅了され、筐体の透明な壁にベッタリと張り付いている。あのままだと筐体の壁を破壊して景品を強奪しかねない。


 ショウはボディバッグから小さめの財布を取り出し、



「ちょっと挑戦してみよう」


「ショウちゃん、オレがお金出すよ?」


「ハルさん、こういうのは2人で協力して出し合うものなんだ」



 今までの異世界デートは相手が年上なので甘んじてしまう節もあったが、今回は違う。ハルアとは先輩と後輩の間柄だし、ゲームセンターという場所は奢り奢られ問題が発生するような場所ではない。小銭の限りで景品を乱獲する場所である。

 恋人同士のデートスポットとして選ぶには些か問題はありそうなものだが、ハルアとは対等に異世界デートを楽しみたいのだ。互いにゲームへ挑戦すれば平等である。


 ハルアも納得したように頷き、



「分かった、じゃあ最初はショウちゃんからね!!」


「ああ、もし俺が取れなかったら交代だ」


「任せて!!」



 ハルアから「頑張れ!!」と応援を受け、ショウは筐体の前に立つ。あらかじめ持ち込んでおいた100円玉を2枚ほど投入すると、ちゃらりんという音を立てて筐体が僅かに振動した。

 こうしたUFOキャッチャーは空間把握能力が問われる。ウロウロと筐体の前を右に左に移動してアームの位置を確かめ、ボタンを押すタイミングも慎重に選んでいく。


 そして2つのボタンを押し終えると、アームがゆっくりと降下していった。3本の爪をガバリと開き、それから筐体の中央に置かれた兎のぬいぐるみを掴む。



「わ!!」


「わあ」



 兎のぬいぐるみは、そのまま3本の爪に掴まれたまま取り出し口に放り込まれる。重力に従って取り出し口に兎のぬいぐるみが落ちると、筐体から『おめでとうございまーす!!』という音声が流れた。



「凄い!!」


「1回で取れてしまったな」



 ショウは兎のぬいぐるみを取り出し口から引っ張り出し、



「はい、ハルさんにあげる」


「いいの!?」


「ああ、ハルさんがほしそうにしていたし」



 ハルアはショウから一抱えほどもある兎のぬいぐるみを受け取り、その腹に顔を埋める。ふわふわな手触りが気に入ったのか、かすかに「ふわあ……」という声が漏れてくる。

 初めてのゲームセンターで新鮮な反応を見せてくれた先輩に、ショウはちょっと誇らしく思う。実はヴァラール魔法学院に召喚される前にもそこそこの頻度で通っていたのだ。家にいると叔父夫婦がうるさかったので、意味もなく説教をされるぐらいならゲームセンターで時間を潰していた方がマシだと判断したからだ。


 ぬいぐるみから顔を上げたハルアは、



「でもいいの? オレがもらっちゃって」


「こういうのはほしい人にあげるものなんだ」


「でも、オレ何もショウちゃんに返せないよ」


「そんなことはないぞ、ハルさん」



 ショウは兎のぬいぐるみが景品となっていた筐体から、少し離れた位置にある筐体を示す。

 そこには同じような大きさをした猫のぬいぐるみが提示されていた。真っ白い毛並みに青い瞳が特徴の白猫さんである。どことなく最愛の旦那様に似ているような気がした。


 ハルアはその猫のぬいぐるみを見て、



「はッ」


「ハルさん?」


「ショウちゃん、持ってて。オレ、今ならいける」



 ハルアはショウに兎のぬいぐるみを押し付け、それからいそいそと猫のぬいぐるみが閉じ込められた筐体に近づく。

 先程、ショウの行動を見ていたのかハルアは「この銀色っぽいのだった」と言いながら100円玉を投入する。ハルアが挑戦する筐体はボタン形式ではなく、レバーを動かして時間内にいくらでも動かし放題という形式である。


 ハルアはレバーを掴むと、



「これかな!?」



 動くようになったレバーを動かして、筐体のアームを操作する。ガチャガチャと玄人のような手つきでアームを動かしてから、降下ボタンを押した。

 アームがゆっくりと降下を開始し、猫のぬいぐるみをぐわしと掴む。難なくぬいぐるみを持ち上げると、そのまま取り出し口に落とした。


 取り出し口から猫のぬいぐるみを確保したハルアは、



「はい!!」


「ありがとう、ハルさん」



 兎のぬいぐるみをハルアに返却すると同時に、ショウは白猫のぬいぐるみを受け取る。ふわふわとした手触りと抱き心地のよさが堪らない。



「この調子で景品を制覇しよう」


「いいね!!」



 ゲームセンターで乱獲を目論む問題児2名は、次の筐体に挑むのだった。

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