ハルアとゲームセンターデート

【第2話】

 待ち合わせの時刻になっても先輩のハルアが来ない。



「どうしたんだろうか……」



 正面玄関で待ちぼうけを食らうショウは、廊下の奥を眺めたりしながら先輩の到着を待つ。


 今日は場所のこともあって、お洒落は控えめである。鮮やかな桃色の差し色が特徴的な黒いパーカーワンピースに猫の模様が特徴の長靴下、両手を開けられるようにボディバッグという組み合わせだ。足元は色鮮やかな赤い運動靴を合わせ、簡素かつ動きやすさを重視した格好である。

 パーカーのフードには猫耳が縫い付けられ、フードまで被ると黒猫ちゃんになる独特の意匠をしていた。髪の毛も格好に合わせてツインテールに結び、桃色のリボンを飾っている。あまり派手すぎると、今度は場所にそぐわないとショウは判断したのだ。


 先輩が迷って正面玄関まで辿り着けないでいると考えた直後のこと、遠くからショウの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。



「ごめんね、遅くなった!!」


「大丈夫だったか? まさか迷ってしまったのではないかと心配していた」


「お洋服選ぶのに時間がかかっちゃった!!」



 正面玄関に滑り込んできたハルアの格好は、いつもの爽やかな印象のある私服姿とは打って変わっていた。

 肌にピタリと張り付くような肌着は首元まで届くハイネック仕様となっており、その上から赤の差し色が目を引く大きめのパーカーを羽織った何とも格好いい服装である。ポケットが複数縫い付けられたズボンと赤い生地に黒い線がいくつも走った運動靴の組み合わせが、実にハルアらしい選び方と言えよう。


 ハルアはその場でくるりと1回転すると、



「どうかな!!」


「似合うぞ、ハルさん」


「ありがと!!」



 ショウの褒め言葉に笑顔で応じるハルアは、



「それでショウちゃん、どこに行くの!?」


「ハルさんには特別な場所へとご招待しようと思う。俺もあまり行ったことはないのだが、多分楽しめる」


「そうなの!?」



 ショウは「そこで」とハルアに向き直り、



「ハルさん、言われた通りに武器は持ってきてないな?」


「持ってきてないよ。ショウちゃんに言われたから守んなきゃ」



 ハルアは両手と、ついでにポケットの中身も見せてくれる。その中身はハンカチとがま口の財布しかなくて、言いつけを守ってくれたことに安心した。


 常にポケットがたくさん縫い付けられたつなぎを身につけて武器を隠し持っているハルアだが、今回向かう場所は非常に厳しい場所だ。何せ銃刀法違反というものがある。ハルアが武器を出せばお縄につく羽目になってしまう。

 それだけは避けたいので、今回ばかりは武器の持ち込みを禁じたのだ。まあ私服に武器を仕込めるような場所はないので、ショウの心配は杞憂に終わったが。


 ショウは「よし」と頷き、正面玄関の脇に設けられた通用口の前に立つ。それから扉を開けると、



「わッ」


「わあッ」



 じゃんがじゃんが、といきなり爆音が漏れ出したので、驚きのあまり扉を閉じてしまった。



「しょ、ショウちゃん、いきなり大きな音が聞こえてきたよ?」


「お、俺もびっくりした。何だったんだろうか」



 互いに顔を見合わせたショウとハルアは、そっと通用口の扉を開ける。


 扉の隙間からでも漏れ聞こえてくる爆音は、色々とぶつかり合っているのでどれがどの音なのか聞き分けにくい。よく耳を澄ませても何も理解できない。

 人間の音声が流れたと思えば、それを掻き消すほどの鐘の音が鳴り響く。どこか煙草の臭いまで漂ってくる雑多な気配もした。いきなりこんな場所に繋がってしまうのかと驚きが隠せない。


 ショウは一度扉を閉めると、



「ハルさん」


「何!?」


「これから行く場所はな、異世界なんだ」


「異世界!!」



 ハルアは首を傾げ、



「どこ?」


「俺が元々住んでいた世界だ」


「ショウちゃんが住んでた世界!?」



 ハルアは琥珀色の瞳を輝かせて「楽しそう!!」と言う。


 そう、これは異世界デートである。それは先輩とも楽しみたいから、一緒に行ったら楽しいだろうなという場所を選んだのだ。まさかいきなりその場所に繋がるとは思わなかった。

 下手をすれば耳も悪くなるし目も悪くなる危険性がある。あまりこういった爆音に慣れていなければ余計にだ。もしかしたらとんでもない場所を選んでしまったのかもしれない。


 ショウは申し訳なさそうに、



「ごめんなさい、ハルさん。やっぱり別の場所にしよう」


「いいよ、ショウちゃん!!」



 ハルアはショウの手を取り、



「ショウちゃんがオレの為に選んでくれた場所でしょ!! 楽しもう!!」


「優しいな、ハルさん」



 先輩に背中を押され、ショウは意を決して通用口の扉を開ける。


 じゃんがじゃんが、と爆音で埋め尽くされた店内。網膜を焼く色とりどりの光。

 立ち並ぶ巨大な箱にはぬいぐるみやお菓子の箱が詰め込まれており、それを箱の天井付近で揺れる機械を操作して取るようだ。奥にはハンドルを取り付けた椅子や、銃を取り付けた台座など多岐に渡る機械の山で溢れていた。


 そこはゲームセンターである。ゲームとはヴァラール魔法学院にも存在しない代物だ。



「ようこそ、ハルさん。俺が元々住んでいた異世界、日本へ」


「凄え!! ビカビカしてる!!」



 目の前に広がる光景に、ハルアは琥珀色の瞳を輝かせて歓喜の声を上げるのだった。

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