【第3話】
イチゴ飴を食べ終わり、しばらく経ってからである。
「ショウちゃん、あれ何ぃ?」
「あれですか?」
エドワードが指差したのは、商店街の一角に構えられた店である。
その店が売り出しているのは食べ歩き用の小籠包だ。耐熱の容器に入った小籠包は出来立てのようで、湯気が確認できる。通りに面するように設置された厨房は強化ガラスで覆われており、真っ白い服を身につけた料理人らしい男性が凄まじい速さで小籠包を包み込んでいた。
店頭に立つ女性の店員が、蒸し立ての小籠包の容器を割り箸と共に提供していた。レジのすぐ近くには黒酢の入ったボトルが何本か置かれており、それで小籠包に味付けをする様子である。
ショウは「ああ」と頷き、
「小籠包ですね」
「しょーろんぽー?」
「スープが入った餃子のような……俺も食べたことはないので分かりかねますが」
首を傾げるエドワードに、ショウは物は試しだとばかりに店へ近寄る。
客の気配に、女性店員が「いらっしゃいませ」と出迎えてくれた。レジ台には『家でも楽しめる冷凍小籠包、販売中』とある。お店で売られている小籠包を家でも楽しめるとは素晴らしい商品だ。
売られている小籠包には皮に味がついているようで、少し赤みがかかった小籠包は『唐辛子』とあり、緑がかったものは『ほうれん草』とある。何種類か入った小籠包が1番お得とまで親切な文章が添えられていた。
ショウは何種類か入った小籠包のセットを示し、
「これを2つお願いします」
「かしこまりました、蒸し上がりまでお時間を頂戴しますがよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
頷いたショウが財布を取り出すと、背後から伸びてきた太い腕がショウの華奢な身体を抱き止める。
何事かと見上げれば、エドワードだった。「ダメって言ったじゃんねぇ」と言いながら、自分の財布からまた代金を支払ってしまう。ショウも負けじとジタバタ暴れるのだが、エドワードの腕に抱き止められてしまうと身動きが取れなかった。
結局、支払いはエドワード持ちになってしまった。金銭を受け取った女性店員は、笑顔でエドワードにお釣りを返してから「もう少々お待ちください」と店奥に引っ込んだ。
「ユフィーリアに言いつけてやる……」
「『異世界に連れてってもらえるだけで嬉しいんだから対価くらい払わせてやれ』って言われるよぉ」
「何で旦那様も先輩もかっこいい人ばかりなんだ!!」
ショウは腹いせとばかりにエドワードへ頭突きを繰り返すも、屈強な肉体を前に何の意味もなさなかった。
☆
5分ほど待って、ようやく小籠包が完成した。
「お待たせしました」
「わぁい」
冷凍の小籠包も買うかどうかの議論を交わしていたところで、エドワードが店員から小籠包の容器を取ってくる。それから片方をショウに渡してきた。
4粒ほど入った小籠包はホカホカと湯気を立たせており、容器を通じて熱さが伝わってくる。ネギや胡麻などが添えられて、食欲を唆る。
小籠包を食べたことがないショウは、まず調味料を何もつけずにいただくことにする。包まれた皮を矯めつ眇めつ観察し、熱さに気をつけて齧り付く。
「わ、わ」
「スープが溢れてきたねぇ」
エドワードもショウと同じようにカリカリの皮をほんの少しだけ齧り取っていた。
噛まれた跡からじわじわとスープが溢れ出てきて、肉の旨みも相まって美味しい。皮もカリカリに焼かれて――いいやこれは揚げられているのだろうか。どうであれ初めて食べる小籠包がこんなに美味しいとは嬉しい誤算だ。
熱いスープを啜り、中身の肉にも齧り付く。肉厚な中身はスープの味が染み込んでおり、食べれば身体の芯から温まっていく。ネギや胡麻などの薬味の相性も抜群だった。
ショウは黒酢のボトルを手に取り、
「味変です」
「あ、次は俺ちゃんにもちょうだぁい」
「かけますので容器ください」
自分の容器に残る小籠包へ黒酢をかけてから、ショウはエドワードの容器にも黒酢を振りかける。ほんの少ししか黒酢を入れていないのだが、ツンと酢の匂いが鼻孔を掠めた。
黒酢に小籠包を絡めてから、同じように皮へ齧り付く。黒酢の酸っぱさとスープのあっさりとした味が合わさって美味しさがさらに増す。肉厚な小籠包と酸味のある黒酢の相性は最強である。
エドワードも黒酢と小籠包の相性に瞳を輝かせ、
「え、これ美味しいんだけどぉ」
「黒酢との相性がいいですね」
「あんまりかけすぎるとダメだねぇ、絶妙な量だよぉ」
小籠包も冷めてきたのか、エドワードは一口で小籠包を放り入れる。まだ熱かったのか「あふッ」と小声で漏らしたのも聞き逃さない。
「これ用務員室でも食べたいねぇ」
「お土産で買いますか」
「晩酌で食べたいねぇ。きっとユーリも気に入るよぉ」
「ハルさんやアイゼさんも気に入ると思いますよ」
先に食べ終えたエドワードは容器をゴミ箱に捨て、
「店員さん、冷凍の小籠包もくれるぅ?」
「エドさん、次こそ俺に支払わせてください!!」
「やだねぇ」
ショウは次こそ支払いを任せてもらおうとするのだが、エドワードは構わず冷凍の小籠包まで代金を支払うのだった。
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